完全に虜(とりこ)なのである。何にかっていうと、本書に登場する旧式ロボット“タング”にである。
「庭にロボットがいる」妻が言った。
デボラ・インストール「ロボット・イン・ザ・ガーデン」は、ある日突然主人公ベンの家の庭先に薄汚れた旧式のロボットが現れる場面からはじまる。
舞台は、AI技術の発達によって家事や仕事を担うアンドロイドが人間をサポートするようになった時代。そんなところに登場する旧式のロボットは、自らのアグリット・タングと名乗るが、それ以外には「オーガスト」としか言わない。妻のエイミーは何の役にも立ちそうにないタングをゴミ扱いするが、ベンはなぜか彼のことが気にかかり、ついには彼の作り主を探すための旅に出るのである。
ベンとタングの旅は、当然ながら珍道中だ。小さな子どもと同じで、タングは常に落ち着きなく動き回る。ベンはただタングに引きずり回されることになるのだが、それでも旅を続けていくにつれて、タングに愛情を感じるようになっていく。
ふたりの旅は、イギリスからアメリカのカリフォルニア、ヒューストン、さらに東京へと移動していく。そして、最終的にポリネシアに向かうことになる。ベンは、タングのわがままに翻弄されながら、次第に互いの信頼を深め、友情と愛情を育んでいく。
タングがベンの自宅の庭先に現れてから、物語中盤のふたりがタングの作り主であるオーガスト・ボリンジャー(タングがしきりに言っていた「オーガスト」の正体)に出会い、命からがら脱出するまでの展開は、ロールプレイングゲームのようだ。主人公ベンは、記憶を失ったロボット・タングを連れて冒険の旅に出る。途中、様々な人と出会って話を聞き、いろいろとトラブルにも巻き込まれる。その中で、主人公ベンは人間として成長し、タングも次第に記憶を取り戻していく。そして、ラストはタングの作り主でありマッドサイエンティストのボリンジャーとの対決が待っている。
ボリンジャーを倒し(殺したわけじゃない、はず)、無事にふたりはイギリスの我が家へ戻る。そこからの物語は、前半とはがらりと変わってアットホームな話になっている。
ベンはタングとふたりで暮らし始め、エイミーは新しい恋人と一緒になる。ベンとタングは幸せそうだが、エイミーはそうでもないらしい。
こうして物語はハッピーエンドに向かって進んでいく。
とにかく、最初から最後までタングのかわいさに心を奪われ続ける。タングは、小さな子どもと一緒だ。しかも、わがままいっぱいの男の子。父親役であるベンがタングに振り回されつつも愛情をもって接する姿に、今まさに小さな子どもを育てているお父さんは我が身を重ね合わせて感情移入してしまうかもしれない。
母親が子どもを身ごもった瞬間から母親になるのに対して、父親は子どもが生まれてから父親になるための日々を過ごす。タングと出会うまでのベンは、だらしないダメ人間だった。それが、タングと出会ってから一緒に学び、一緒に成長した。だから思うのだ。育児というのは人間を成長させる行為なのだと。ならば世のお父さんたちは、もっと育児に関わった方がいい。育児は、子どもを成長させる以上にお父さんを男として成長させるに違いない。
訳者あとがきによれば、本書は映画にしたい小説に選ばれたという。この作品は、実写映画よりはピクサーアニメーションのイメージがするがいかがだろうか。
本書は、本が好き!レビュアーの読友さんの放出本からいただきました。どうもありがとうございました。
前評判も聞いていたし、本が好き!サイトに掲載されている読友さんのレビューも読んで、これは面白いに違いないと確信していたのですが、読んだら、想像以上に面白く、なによりタングの愛らしさにゾッコンになってしまいました。
ベンとタングとその家族はこれからどうなるんだろう。タングたちのその後を描く続編とか出ないかと淡く期待していたりする。