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【書評】リンド・ウォード「狂人の太鼓」(国書刊行会)ー120枚の木版画によって紡ぎ出される読者の想像力をかりたてる作品

狂人の太鼓

狂人の太鼓

 

すべては1枚の木版画からはじまる。

 

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ひとりの男がなにやら企てているかのような表情で立っている。いったい彼は何を見ているのか。気になりつつページをめくると、彼の見つめる視線の先で一心不乱に太鼓を打ち鳴らす原住民の姿がある。そして、男は太鼓を手に入れ、多くの原住民を奴隷として引き連れて国への帰路につく。

リンド・ウォード「狂人の太鼓」は、少し、いや相当に変わった本だ。

あえて“本”と書いたのには理由がある。この本は、作中に一切の文章が出てこない。あるのは、不気味なモノクローム木版画の数々だ。その数は全部で120枚。その連なった木版画が紡ぎ出す物語は、読者の想像力を大いに刺激し、そして試す。

冒頭に紹介した男は、奴隷商人だ。物語は、彼が原住民から強奪し持ち帰った太鼓が、彼の家族にもたらす悲劇を描き出す。奴隷商人には息子があり、父は彼に学ぶことを求める。彼は、父の教えに従い、多くの本を読み、学究を続ける。やがて、父が死に、母が死ぬ。結婚し家庭を得た彼だが、悲劇の連鎖は続くことになる。

著者のリンド・ウォードは、1905年にアメリカのシカゴで生まれ、ドイツでグラフィックデザインを学んだ後に帰国。ヘミングウェイ誰がために鐘は鳴る」やユゴーレ・ミゼラブル」などの挿絵を描いてきた。本書「狂人の太鼓」は、1930年の作品という。つまり、彼が25歳のときの作品だ。その若さでこの作品を描き出したということに驚く。

モノクロで不気味な木版画が与える印象が、物語の悲劇性を否が応でもかりたてる。読んでいて、ただただ恐ろしさばかりが胸に迫ってくる。と同時に一切の文字を排したことが、これほどまでに読者の想像力(「創造力」と言ってもいいかもしれない)を刺激し、さまざまな世界観を構築するのだということを感じる。情報量が限られていることが、逆に想像を生み出すということなのだろう。