タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】草彅洋平「作家と温泉」(河出書房新社)-♪いい湯だなぁ~、作家に温泉はよく似合う

ブックポート大崎ブライトタワー店で大好評開催中の「本が好き!#棚マルフェア」には、書評サイト「本が好き!」に参加しているレビュアーさんたちが熱烈推薦する本が並んでいる。ジャンルも多種多様で、「へぇ~、こんな本が出てたのか」とか「うわぁ~、この本は面白そうだ」など、さすがに本好きたちの選んだ本だと唸らされるラインナップだ。

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作家と温泉---お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)

作家と温泉---お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)

 

本書「作家と温泉」も、フェア本の中の1冊。推薦者は、レビュアーのmono sashiさん。当然ながら、ブックポート大崎ブライトタワー店さんのフェア棚から購入したものである。

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「作家と温泉」には、27の作家と温泉にまつわるエピソードが紹介されている。「夏目漱石道後温泉」、「志賀直哉城崎温泉」など、作家と温泉の組み合わせから縁のある作品をすぐに想像できるものもあれば、「吉川英治と湯川温泉」とか「梶井基次郎紀州湯川温泉」のように、不勉強ながら関連する作品などのエピソードがわからないものあって、文学と温泉が好きな読者にとっては、それぞれに面白い。

個人的に印象に残ったのは、私の地元でもある千葉県富津の国民宿舎を訪れた私小説川崎長太郎と若い妻のエピソード。この話は、川崎の小説「ふっつ・とみうら」に描かれており、川崎が私小説家として評価が高い作家であることから、彼が晩年に結婚した若い妻千代子とのエピソードなのだろう。横浜からフェリーで千葉の富津を訪れた夫婦は、まだ真新しい国民宿舎を訪れるが、あいにくの満員で宿泊は叶わず待合所のテーブルで買ってきた駅弁を差し向かいで食べただけでそこをあとにする。結局、温泉には入っていないのだけど、本書の紹介文で著者も書いているように「入ってないけど印象に残る温泉」のエピソードになっている。

地元民として説明しておくと、富津をはじめとする内房地域の温泉の特徴は、その色にある。黒湯と呼ばれるほどで、真っ黒な湯なのだ。場所によって濃さは違うのだけど、黒いところは墨汁を流したように黒い。そして、もともと海だったところから湧いていることもあって、舐めてみるとかなりしょっぱいのも特徴だと思う。

実はこの黒くてしょっぱい温泉は、千葉の内房沿いだけでなく、東京湾を挟んだ東京の湾岸沿いに点在する温泉でも見られる。大田区蒲田にある蒲田温泉も黒っぽいお湯でしょっぱいし、ちょっと内地に入って後楽園にある温泉施設「ラクーア」のお湯も舐めてみるとかなりしょっぱい。おそらく東京湾岸にある温泉は、ほぼ共通しているのではないだろうか。

話を戻そう。

その他紹介されているエピソードとしては、太宰治檀一雄に関する熱海温泉でのエピソードが改めて面白い。放蕩三昧で金が足りなくなり、親友の檀一雄を人質にして東京に戻った太宰が檀一雄のことなどすっかり忘れて井伏鱒二の家で将棋を打っていたという太宰のダメ人間ぶりを発揮したエピソードであるが、一方の檀一雄の「いいひと」っぷりにも笑ってしまう。このエピソードから太宰があの名作「走れメロス」を書いたというのだが、「太宰、おまえは戻ってきてないじゃん!」(笑)。さすがは太宰である。

また、本書には写真も数多く掲載されている。有名作家のあられもない姿がページをめくるたびに眼に飛び込んでくる。はっきりいってしまうと、どの作家も身体はけっこうだらしない。作家という肩書と知名度がなかったら、たんなる中年のオッサンたちの裸写真が並んでいるだけなので、そこの好みは人ぞれぞれだと思う。

写真で印象に残るのは、田中小実昌が若い芸者風の女性と混浴して何やら取材している写真。私の中で田中小実昌というと、英米文学の翻訳家(チャンドラー「湖中の女」が代表作か)であり、エッセイストであるのもさることながら、「11PM」とかにも出演していた「ちょっとエロいオヤジ」というイメージが強い。それゆえ、この若い女性と混浴している写真は田中小実昌らしいと思った。

27編の作家と温泉のエピソードは、どれをどこから読んでも面白い。自分が知っている作家の話だけを拾って読んでもいいし、温泉地を選んで読んでみてもいい。作家ゆかりの温泉を訪れる時のガイドブックとして使ってもいいだろう。いずれにしても、読んでいる最中から温泉に行きたくなってしまうのは間違いない。