ガタガタ書評ブログ

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【書評】隆慶一郎「影武者徳川家康(隆慶一郎全集2~5)」(新潮社)-関ヶ原の合戦で徳川家康は死んでいた。その後の人生を徳川家康として生きるとになった影武者の壮絶な戦いと生き様を描く

今年(2016年)の大河ドラマ三谷幸喜脚本による「真田丸」が放送されている。先日(9月4日)の放送では、真田昌幸、信之、信繁の親子が、豊臣方に与する昌幸、信繁と徳川方に与する信之とに袂を分かつことになった「犬伏の別れ」の場面が描かれた。

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犬伏の別れで豊臣方と徳川方に分かれた真田親子は、その後の天下分け目の戦いにおいて東軍(徳川)と西軍(石田)として重要な役割を果たしていくことになる。昌幸・信繁に率いられた真田軍は、上田城攻略を狙った徳川秀忠軍を迎え撃ち、少数精鋭の真田軍に手こずった秀忠軍は結果として父家康の待つ関ヶ原に遅参するという失態を演じることになる。このことが、家康と秀忠の関係を悪化させたとされている。

 

史実に記され、私たちも歴史的事実として知っているように、関ヶ原の戦いは東軍の勝利に終わる。徳川家康は、こうして戦国の世を統一し、征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開府する。

隆慶一郎全集第二巻 影武者徳川家康 一

隆慶一郎全集第二巻 影武者徳川家康 一

 
隆慶一郎全集第三巻 影武者徳川家康 二

隆慶一郎全集第三巻 影武者徳川家康 二

 
隆慶一郎全集第四巻 影武者徳川家康 三

隆慶一郎全集第四巻 影武者徳川家康 三

 
隆慶一郎全集第五巻 影武者徳川家康 四

隆慶一郎全集第五巻 影武者徳川家康 四

 

 

その徳川家康が、ある時期に影武者と入れ替わったのではないかという説にたって書かれたのが、隆慶一郎影武者徳川家康」である。本書を執筆する動機について、著者の隆慶一郎静岡新聞の昭和60年12月23日夕刊に「作者の言葉」として次のように寄稿している。

〈作者の言葉〉長いこと私には徳川家康という人間が謎だった。忍びに忍んで、やっと関ヶ原の戦いで天下をとった五十九歳までの家康と、それ以後七十五歳で死ぬまでの家康があんまり違いすぎているからだ。後年の家康の方がはるかに溌剌として活動的であり夢もある。こんな人間が果たしているのか、という思いがつのって、この小説になった。私はこの小説の中で、長年の謎を私なりに解決したいと思う。そして、後半生の家康の魅力を読者とともに満喫したいと願うものである。

影武者徳川家康」が描き出すのは、まさに著者が語る「関ヶ原前後の徳川家康の変貌」である。そこには、「関ヶ原の合戦で、実は徳川家康は殺されていたのではないか。関ヶ原以降の徳川家康は、実は別人なのではないか」という推論がある。

この「徳川家康影武者説」は、隆慶一郎の専売特許というわけではない。実は、1902年に出版された村岡素一郎の「史疑徳川家康事蹟」が、最初に「徳川家康影武者説」と唱えたとされ、隆慶一郎も、この本を読んでいて、自らが疑問に感じていた徳川家康の変貌ぶりを裏付ける解のひとつとして、「影武者説」が有力であると考えたのかもしれない。

史疑 徳川家康事蹟

史疑 徳川家康事蹟

 

影武者徳川家康」では、関ヶ原の合戦の最中に豊臣方の軍師島左近がはなった刺客、甲斐の六郎によって徳川家康が殺害される。家康は、彼の影武者として世良田二郎三郎元信なる人物を常に側近として従えていて、二郎三郎は影武者として家康と容易に見分けがつかないほど瓜二つな存在であったが、甲斐の六郎はわずかな癖の違いに気づいて真の家康を見破り、見事にその生命を奪う。

家康の死は、そのまま東軍の敗北を意味する。ゆえにその死は絶対にあってはならないことだった。その瞬間から、影武者であった二郎三郎は、必然的に徳川家康として立ち振る舞うこととなる。

関ヶ原の合戦を東軍の勝利に導いた二郎三郎は、その後も家康として生きることになる。それは、いまだ混乱の最中にある戦国の世を統一できるのが徳川家康しかいないからだ。しかし、彼が影武者であることを知る家康の息子秀忠は、自らの権力を手中にするために二郎三郎が邪魔で仕方がない。そこから、家康(二郎三郎)と秀忠との間で権力を巡る争いがはじまっていく。

本書が一貫して描くのは、平和で自由な国造りを目指そうとする二郎三郎と、是が非でも権力を手中に入れたいと執念を燃やす秀忠との対立である。表向きは親孝行な息子を演じつつも、家康(二郎三郎)を亡き者にしようと柳生忍びを利用して画策する秀忠と、本多弥八郎正信、島左近、甲斐の六郎、風魔衆らのバックアップを受け、かつ持ち前の才覚と危険を察知する嗅覚をもって困難をくぐり抜けてきた二郎三郎の暗黙の戦いが、ときにスリリングに、ときにユーモラスに描かれていく。

本書は、徳川家康影武者説を歴史上のifとして描くのではなく、歴史的史実であるように描いている。隆慶一郎は、様々な文献、資料を紐解き、徹底的に検証することでこの物語を築き上げている。だからこそ、「影武者徳川家康」は、「もし、徳川家康関ヶ原で死んでいたら」というフィクションとしてのifを描くのではなく、「徳川家康があるタイミングで別の人間と入れ替わっていたとしたら」という歴史上の疑惑としてのifに対する答えを明らかにしようとしているのである。

もちろん、「徳川家康影武者説」が本書によって事実と解明されたわけではない。それでも、本書を読んだ読者が少なからず納得できるような解決を提示することができているとすれば、著者がいう「長年の謎を私なりに解決したい」という試みが一定以上の成果をあげたということになるのではないだろうか。

影武者徳川家康〈上〉 (新潮文庫)

影武者徳川家康〈上〉 (新潮文庫)

 
影武者徳川家康〈中〉 (新潮文庫)

影武者徳川家康〈中〉 (新潮文庫)

 
影武者徳川家康〈下〉 (新潮文庫)

影武者徳川家康〈下〉 (新潮文庫)

 
影武者徳川家康(上中下) 合本版

影武者徳川家康(上中下) 合本版