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【書評】上野敏彦「闘う純米酒 神亀ひこ孫物語」(平凡社)-本物の純米酒を作りたい!蔵人の情熱が生み出した《神亀》という名酒の物語

日本酒、好きですか?

新版 闘う純米酒 (平凡社ライブラリー)

新版 闘う純米酒 (平凡社ライブラリー)

 

私は、つい最近まであまり日本酒を飲んでいなかった。日本酒は、飲み過ぎると気分が悪くなり、翌日の二日酔いがキツイという印象があって、どちらかというと、ビールや焼酎を飲むことが多かった。いまでも、どちらかといえば日本酒よりもビールや焼酎(サワー類)を飲むことが多い。

 

本書は、埼玉県蓮田市に蔵を構える「神亀酒造」を率いる小川原良征と彼の下で純米酒作りに励む蔵人たち、そして、彼の心意気に賛同し、純米酒作りに取り組む全国の蔵元の奮闘を描くノンフィクションである。

本来、日本酒とは米と水だけでできているものだ。本書を読むまで、昔も今も変わらず日本酒は米と水だけで作られ続けてきたと思っていた。ところが、戦時中の米不足から純米酒醸造が難しくなったことで、清酒醸造用アルコールや糖類、人工調味料を加えたいわゆる「三増酒」が作られるようになり、戦後になってもこの「三増酒」が長く日本酒の主流として飲まれ続けてきたのだと知り、これまで自分が飲んできた日本酒が、本物の日本酒とは呼べない代物であったと知った。

この「三増酒」主流の日本酒業界で、米と水だけで作られる本来の日本酒、純米酒にこだわって酒造りを続けているのが、本書に登場している「神亀酒造」なのである。

神亀酒造の全量純米酒への取り組みは平坦なものではなかった。なかでも、酒税法に絡む税務署との攻防は、お役所の融通の効かない杓子定規な対応と、権力を傘にきて酒造免許の取り消しをちらつかせるような卑劣さに思わず怒りがこみ上げてくる。

だが、こうした神亀酒造の取り組みは、やがて全国の蔵元、中でも小さいながらも若い杜氏たちを動かし、純米酒を作ろうと奮闘するようになる。埼玉県の小さな蔵元から始まった純米酒の波は着実に全国に広がっていくのである。

本書では、神亀酒造の奮闘ぶりを紹介しているだけではない。

純米酒神亀」は、食中酒として実力を発揮する日本酒である。「第5章 万華鏡の酒」では、神亀酒造の純米酒を扱う居酒屋や割烹を紹介し、神亀と料理の組み合わせの数々を紹介している。この章は、酒や肴を愛する食いしん坊にとっては、神亀をはじめとする全国の純米酒を飲ませてくれるだけでなく、純米酒にぴったりの料理を教えてくれるので、読んでいくと思わず日本酒が飲みたくなってしまうに違いない。

日本酒は、“日本”という名前を冠している、いわば「この国の酒」である。だが、その需要はビールや焼酎、安いワインなどに押されてしまっている。最近は、本書に登場する若い杜氏が醸す新しいタイプの日本酒が登場して、人気も出ているが、まだまだ十分とは言えないらしい。

本書は、2006年に刊行された作品で、今回レビューしている平凡社ライブラリー版は2012年刊行だが、その内容は2006年当時のままだ(巻末の太田和彦氏による解説は平凡社ライブラリー用として書かれているので、2012年バージョンである)。2006年当時と現在とで、日本酒を取り巻く環境は変化してきているのだろう。クールジャパンと称して日本ブランドを海外に展開する中に、“SAKE”も含まれている。

だが、国内に目を転じれば、日本酒が危機的状況にあることは変わっていないのではないか。

本書の中でも、小川原さんをはじめ、蔵人たちが日本酒の危機を感じている様子が描かれている。作り手が危機感を持ち、最高の品質の日本酒を世に出そうとしているのだ。私たち呑ん兵衛は、飲む側として、日本酒をもっと盛り上げないといけないのではないか、と鼻息荒く考えてみたりしている。

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