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【書評】隆慶一郎「隆慶一郎全集6 鬼麿斬人剣」(新潮社)-不世出の名人と謳われた師匠・清麿が遺した不名誉な駄物を折り捨てる旅をする鬼麿の豪放磊落さが本書の最大の魅力であろう

鬼麿は庭で太刀を振っていた。十二年前の天保十三年(一八四二年)冬、鬼麿が初めて向う槌をとって師匠とともに鍛え上げた太刀だ。刃長三尺二寸五分、南北朝風の大太刀である。一般の大太刀の長さ(定寸)は二尺三寸だから異常ともいえる刃長である。身幅も厚さも尋常ではない。まるで野太刀で、いまどきこんな刀を使える男は滅多にいない。抜くだけでひと苦労である。

 

隆慶一郎全集第六巻 鬼麿斬人剣(第3回/全19巻)

隆慶一郎全集第六巻 鬼麿斬人剣(第3回/全19巻)

 

物語の冒頭、主人公である鬼麿が常人離れした人物であることを示唆する場面である。尋常ならざる大太刀をいとも簡単に扱う鬼麿という人物は、いったいどのような傑物なのであろうか。さらに読み進めるとこうある。

 

鬼麿は身長六尺五寸(一九七センチ弱)、体重三十二貫(一二〇キロ)、巨人である。

 

「鬼麿斬人剣」の時代背景は、江戸時代末期である。その時代にあって、身長が2メートル近く、体重が120キロという偉丈夫が鬼麿なのだ。

鬼麿は、刀鍛冶である。生まれてすぐに親から捨てられたが、山の民である山窩に拾われて育てられた。だが、山窩の仲間たちが殺されて孤児となっていたところを、のっぴきならない理由で逃避行を続けていた山浦環源清麿に拾われて行動をともにすることとなり、弟子となった。

鬼麿の師匠とは、山浦環源清麿。兄の山浦真雄と共に新々刀期最高の刀工であり、四谷北伊賀町に住むところから四谷正宗と謳われた不世出の名人である。

《不世出の名人である》といわれた清麿も、浴びるように飲む酒の影響もあって少しずつ衰えている。なにより、稼ぎの大半が酒代に消えて、炭屋に支払う金もなく、商売道具でもある炭を売ってもらえなくなる始末だ。そして、清麿は自ら命を絶つのである。

死の間際、駆けつけた鬼麿に清麿はあることを託す。それは、清麿が江戸から逃避行を続けている間に金のために止むなく作った刀を探しだして折り捨てて欲しいというものだった。鬼麿は師匠の願いを叶えるための旅に出る。

物語は、師匠の名誉のために刀を探して折る旅を続ける鬼麿と、清麿をかつて逃避行においつめ、今回は鬼麿を抹殺すべく行動する伊賀同心たちとの対決を軸に進んでいく。鬼麿は、師匠の性格と行動パターンから街道沿いのどの場所で数打ちの刀を作ったのかを推測して、刀を探しだし、目的を果たしていく。道中、かつての自分と同じ山窩の子ども“たけ”と、鬼麿の命を狙う伊賀頭領の娘という素性を隠して行動をともにする“おりん”が加わる。

吉原御免状」や「かくれさと苦界行」と同様、本書も実にケレン味に溢れた時代小説となっている。著者が、もともとテレビドラマの脚本を手がけていただけに、映像イメージを意識していて、読んでいて物語の場面が浮かんでくる。だからこそ、小説世界がグイグイとせまってくるし、続きをドンドン読ませてしまう力がある。

s-taka130922.hatenablog.com

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