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【書評】中脇初枝「世界の果てのこどもたち」(講談社)-戦争によって翻弄されるこどもたちの数奇な運命と遅れてきた幸せ

読み進むにつれて、ドンドンと物語の世界に引き込まれていく。そういう小説に巡りあえると嬉しくなる。中脇初枝「世界の果てのこどもたち」は、読んでいて物語の世界に惹き込まれる作品だ。

世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち

 
世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち

 

 

「世界の果てのこどもたち」の舞台は、太平洋戦争末期から終戦そして現在に至る時代。その激動の時代に、時代の流れに抗うこともできずに翻弄され、人間としての尊厳を奪われ、貴重な青春のときを奪われてきた3人の少女が成長していく姿を描いた大河小説である。

高知県の山間の寒村から、国策により家族ともに満州へと渡った珠子。朝鮮人として生まれ、日本人として生きることを強いられる美子。横浜の恵まれた家庭で甘やかされて育つも、空襲によって家族を失い孤独の中で生きる茉莉。同じ世代の3人の少女は、戦争の中で知り合い、戦後はそれぞれの人生を歩むことになる。

珠子は、満州で終戦を迎え、日本に帰るための必死の逃避行のさなか、中国人夫婦のこども、つまりは中国残留孤児となって生きていくことになる。中国人の養父母は、珠子を美珠と名付け、我が子として大切に育ててくれた。文化大革命による反日の時代を生き抜き、結婚をし、こどもにも恵まれた。それでも、日本人としてのアイデンティティが彼女を苦しめている。

朝鮮人の美子も、国策によって日本人として生きることを強制された。戦中は日本人として生きることを求められながら純粋な日本人とは別のアイデンティティとして扱われ、戦後は在日朝鮮人として差別の対象とされる。それでも、美子の家族は、強く生きる。

茉莉は、終戦間際に日本各地を襲った大規模な空襲によって家族を失う。生き残った祖母とともに生きていくことになるが、年老いて弱っていく祖母とこどもの茉莉が一緒に暮らしていくことは難しく、彼女は施設で育てられることになる。空襲後に経験した人間が人間らしさを失ってしまう恐怖がトラウマとなり、自分が幸せになることを恐れる茉莉は、美容師として働きながら、彼女と同じように親を失ったこどもを引き取って育てることで、自らの過去への罪滅ぼしと考える。

戦中の満州で知り合った3人は、戦後は互いの消息を知ることもできず、それぞれに波乱の人生を歩む。そして、中国残留孤児として身元調査のために来日した珠子と再会し、珠子が家族とともに帰国して以降は、互いに支え合う関係となる。

戦争がいかに人間の、とくにこどもの運命を翻弄させるか。本書は、その理不尽さを3人の少女の人生を描くことで、私たちに教えてくれる。中でも、中国に置き去りにされて残留孤児となった珠子の人生は、なにより戦争の悲劇の象徴であり、日本人としてのアイデンティティが、容易に失われてしまうという現実を知らしめている。

著者の中脇初枝さんは1974年生まれであり、戦争を知らない世代である。そんな著者が描き出す戦争の悲劇が、ここまで読者の胸を揺すぶるのは、著者の圧倒的な取材の賜であろうし、その結果を物語として醸成させる力量の高さにあるのだと思う。

「戦争は悲惨だ。戦争は二度としてはいけない」と声高に主張することは簡単だ。でも、戦争の現実が本当に理解されているのかはわからない。なぜなら、私も含めて多くの世代が戦争を経験したことはなく、実感がないからだ。ただ、漠然とした恐怖が「戦争反対」を叫ばせる。「戦争反対」の声を確実なものとするためにも、本書のような作品を読むことは重要なのだと思う。