ガタガタ書評ブログ

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【書評】サルー・ブライアリー「25年目の『ただいま』 5歳で迷子になった僕と家族の物語」(静山社)ーこれは、紛れもない真実の物語である。にわかには信じがたいかもしれないけれど

ここに書かれているのは、作り話ではない、真実の物語だ。

25年目の「ただいま」

25年目の「ただいま」

  • 作者: サルー・ブライアリー,舩山むつみ
  • 出版社/メーカー: 静山社
  • 発売日: 2015/09/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書「25年目の『ただいま』5歳で迷子になった僕と家族の物語」は、5歳のときに迷子となった少年サルー・ブライアリーが、25年後にインドの生まれ故郷に戻り、母親と再会するまでの数奇な人生を記したノンフィクションである。

 

いったいなぜ、迷子になった少年が我が家に戻れるまでに25年もかかってしまったのか。そこには、サルーの生まれたインドという国の事情が影響している。

サルーの家は、母親と2人の兄、そして妹の5人家族で、多くのインド国民と同様に貧しい一家だった。中でもサルーの家は、母親が女手ひとつで子どもたちを育てていたため、子どもたちは学校に通うこともできず、自分たちも働いて稼がなくてはならなかった。

そんな環境の中で、サルーは迷子になってしまう。彼は、一緒に家を出た兄とはぐれ、たまたま潜り込んだ列車によって遠くコルカタの街まで運ばれてしまったのだ。

満足な教育を受けていないサルーは、自分の家がある場所を説明することができない。コルカタの街でサバイバルのような生活を送った末に、紆余曲折あって孤児院に収容されたサルーは、家に帰ることができず、そこでオーストラリア人のブライアリー夫妻に養子として迎えられ、オーストラリアに渡って暮らすようになる。

日本なら、子どもが迷子になって、そのまま家に帰れなくなってしまうことはありえない。だが、インドでは、サルーのように迷子になって二度と家に戻れなくなってしまうケースが実際に起きている。家族と離れた子どもたちは、ストリートチルドレンとして生きていく。彼らには常に危険がつきまとい、臓器売買のための誘拐も起きる。

そういう過酷な環境の中で、サルーがブライアリー夫妻の養子となれたことは、かなり奇跡的なことだ。

オーストラリアで暮らすサルーが、インドの生まれ故郷に戻れるようになったきっかけはインターネットだった。

グーグルアースに出会ったサルーは、インドの地図写真から自分の記憶と合致する場所を探しだそうと試みる。Facebookを通じて知り合った相手の協力を受け、彼はついに自分が「ジネストレイ」として記憶していた故郷とよく似た名前の場所「ガネシュ・タライ」を見つけ出す。

その場所こそ、彼の生まれた場所であり、実の親兄妹と暮らしていた場所だった。

インドに飛び、ガネシュ・タライの街を訪れたサルーは、そこで25年前に別れた母親、兄、妹と再会する。まさに「25年ぶりの帰宅」であった。

サルーの人生は、平凡な人生を送っているだけの私のような人間にとって、驚きの連続しかない。5歳で迷子になり、数々の苦境を経験し、優しいオーストラリア人の養父母と出会い、オーストラリアに渡って幸せな生活を手に入れる。インターネットという技術を活用することで故郷を探り当て、25年ぶりに本当の家族と再会を果たす。そんな経験をすることは、普通に生きていれば、まずありえないだろう。彼の数奇な人生に敬意を表するとともに、彼が経験した奇跡と彼と彼の家族(インドの家族とオーストラリアの家族)の幸せな未来を祈る。