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【書評】隆慶一郎「隆慶一郎全集1 吉原御免状」(新潮社)ー時代小説に偉大な爪痕を残し、短い作家人生を駆け抜けた隆慶一郎氏のデビュー作

時代小説を面白くするのはケレン味であると個人的に思っている。

隆慶一郎全集第一巻 吉原御免状

隆慶一郎全集第一巻 吉原御免状

 

 

時代小説のケレン味とは、読者をわくわくさせる魅力的なキャラクターであり、息詰まるような剣戟の響きであり、ときに荒唐無稽とも思える斬新なストーリー展開である。

そうしたケレン味を存分に有する時代小説というのは、意外に少ない。

私がこれまでに読んだ中で、ケレン味を存分に味わうことができたのは、柴田錬三郎の「眠狂四郎シリーズ」であり、本書「吉原御免状」で鮮烈なデビューを飾った隆慶一郎の一連の作品であった。

吉原御免状」は、松永誠一郎という若い武士が吉原に姿をあらわす場面で幕を開ける。

誠一郎は、かの剣豪・宮本武蔵を養父として育ち、二天一流の極意を身につけた達人である。養父・武蔵の遺言により肥後から遠路はるか江戸吉原に赴き、庄司甚右衛門なる人物を訪ねてきたが、すでに甚右衛門は亡くなっていた。

誠一郎が吉原にあらわれてから、彼の周囲には物騒なことが起こり始める。それは、彼の素性と、彼が持っていると思われている「神君御免状」を巡る裏柳生の暗躍である。誠一郎自身は何も知らないことであったが、彼は天皇のご落胤であり、「神君御免状」とは徳川の命運を左右するほどの書状なのである。

吉原という江戸の世にあって特殊なエリアを舞台にし、幕府の命運をも左右しかねない御免状を巡って対立する裏柳生と吉原という話をメインに据え、そこに主人公の松永誠一郎、謎の老人・幻斎、吉原のナンバーワン花魁である高尾太夫、未来を見通す能力を持つ少女・おしゃぶ、柳生家当主である柳生宗冬、その弟で裏柳生の総帥・義仙といったクセのある登場人物たちが、縦横無尽に躍動する。そのストーリー展開は、まさにケレン味たっぷりの物語である。

著者の隆慶一郎が、「吉原御免状」で作家デビューしたのは還暦を過ぎた61歳のときで、そこから66歳で急逝するまでのおよそ5年間が作家としての活動期間にあたる。それ以前は、テレビドラマなどの脚本家として活動しており(本名の池田一朗名義)、時代劇、現代劇を問わず数々のドラマ脚本を手がけている。

わずか5年余りの作家人生であるが、隆慶一郎が時代小説の世界に記した足跡は偉大なものがある。

本書「吉原御免状」の中でも記されているが、徳川家康関ヶ原の戦いで実は死んでいたという『歴史上のif』を題材とした傑作「影武者徳川家康」は、時代小説のオールタイム・ベストとして必ず名前のあがる作品であるし、「一夢庵風流記」の主人公・前田慶次郎は、「花の慶次」としてマンガ化され、その後はゲームやパチンコのキャラクターとして、今に至るまで高い人気を誇っている。

今回、ほぼ20年ぶりくらいに本書を手にとってみた。まだ若かった頃に読んで、その面白さに圧倒された「吉原御免状」に、十分におっさんとなった今の自分は、どういう感想を抱くだろうか。それ以前に、あの頃のようなワクワクを今でも感じられるだろうか。

それは杞憂だった。「吉原御免状」は時を経ても十分にワクワクさせてくれた。そのくらい、本書は面白い作品なのだ。そして、隆慶一郎作品は時代を超越する魅力を有していた。

今度は、「影武者徳川家康」を久しぶりに読み返してみようかと考えている。