ガタガタ書評ブログ

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【震災5周年祈念】《あの日》の被災地と《あの日》の被災者について、5年後の今改めて考えてみるー石井光太「津波の墓標」(徳間書店)

3月11日になりました。震災関連本で東日本大震災を振り返る企画も今日が最後です。

あの日、地震津波は、多くの命を奪い、街の姿を大きく変えてしまいました。

変えてしまったのは、街の姿だけではありません。被災者となって避難所に暮らす住民たちの心も次第に変わっていきます。

津波の墓標

津波の墓標

 
津波の墓標 (徳間文庫カレッジ)

津波の墓標 (徳間文庫カレッジ)

 
津波の墓標 (徳間文庫カレッジ)

津波の墓標 (徳間文庫カレッジ)

 

 

ノンフォクション作家である著者は、震災発生直後に現地に入り、被災地と被災者を取材しはじめます。本書には、その取材で見聞した被災地の様子、被災者の生々しい姿が記されています。そこには、美談だけでは語られない真実の姿があります。

3.11以降、メディアでは連日被災者の姿が報道されました。テレビの画面に映し出される壊滅した街の姿と、呆然とたたずみ悲しみを押し殺す被災者の姿は、被災地から遠くはなれた場所で見守る私たちの心に深く刻みつけられました。

避難所で身を寄せ合い、互いを励まし合って希望を語る被災者の姿
乏しい支援物資を平等に分けあい、不平も言わずに耐える被災者の姿

不平不満をグッと胸のうちに押し殺して耐え忍ぶ被災者の姿は、日本人の美徳として世界中に発信され、称賛されました。

ですが、被災地の実態は、必ずしも美談だけで語ることはできないものでした。

地震津波の難を逃れ、命をながらえた被災者は、生き残ったことで心に大きな傷を負っています。家族を津波に流された人は、家族を見殺しにして自分だけ生きていることに罪悪感を感じています。

彼らは、やり場のない気持ちを取材記者やボランティアにぶつけてしまいます。著者も、取材した被災者から罵声を浴びせられるのです。

被災地では略奪行為なども行われず、被災者は忍耐強く支援を待っている」

メディアは、しきりに被災者の我慢強さを報道していました。ですが、現実の被災地では、倒壊した家屋や被災した商店に忍び込んで金品を盗み出す「火事場泥棒」が横行していました。その現場にも著者は遭遇しています。

家も家族も失った被災者の心の傷は深いものでした。表向きは気丈に振る舞っていても、現実は絶望と苦しみの中でもがき苦しんでいたのです。

本書でとても印象深いエピソードがあります。

著者が陸前高田の避難所を取材していたときのことです。1台の軽自動車から降りてきた女性が夫に向かって叫ぶように言います。

「ねえ、大変なの。向こうの川辺に幽霊が出たんだってさ!みんな集まっている。ねえ、私たちも見に行こうよ!」

著者は、意味もよくわからないまま、彼らに着いていきました。辿り着いた川辺には、数人が集まっていました。

「なあ、幽霊が出たのか?ここに出たのか?」
「ああ、そうらしい。けど、見えねえんだよ。どこにいるのかわからねえんだ」
「その幽霊はどういう顔をしていたんだ」
「知らねえよ。見えねえんだから」
集まった人々は真剣な顔をしてライトをあちらこちらに向けた。交差するライトの明かりが彼らのはやる気持ちを表している。そして一人が寂しそうな声でこう言った。
「ああ、いなくなっちまったのかな……津波で死んだ人間の幽霊だったら会いたかったのに」
それを聞いた瞬間、私は事情を飲み込むことができた。なぜ大の大人が幽霊が出たと聞いてここに駆けつけたのか。それは、行方不明の肉親に会いたいという一心だったのだ。

平時であれば、「幽霊なんて、非科学的で信じられない」と思っているような人でも、震災後の追い詰められた状況では、たとえ幽霊でも構わないから、もう一度会いたいと願う。被災地のリアルが、そこにあるように思います。

著者が被災地を取材したのは、2011年から2012年のことです。まだ被災地は混乱の極みの中にありました。そうした状況の中で起こった出来事を、こうして事実として記録して残しておくことが重要なのではないでしょうか。

5年目を迎えた今のタイミングで本書を読んだことは、私にとっては改めてあの時を振り返るために必要なことだったんだなと感じています。温故知新ではないけれど、あの日起きたことを振り返ってみれば、今私たちが何を考えるべきか、何をするべきかが見えてくるんじゃないかな。

そういう意味で、今回様々な震災関連本のレビューを続けてみて、いろいろと考えるところがありました。

私のレビューを読んでくれた方にとっても、そういうきっかけになっていればいいな、と思っています。