小説の中でしか起こらない(起こってほしくない)犯罪がある。例えば、猟奇的な殺人事件などは、現実に起きてほしくないタイプの犯罪の代表で、ミステリー小説の中であれば許される(いや、犯罪としては許されないよ、当たり前だけど)題材であろう。
人形遣い (事件分析官アーベル&クリスト) (創元推理文庫)
- 作者: ライナー・レフラー,酒寄進一
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2015/10/30
- メディア: 文庫
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ライナー・レフラー「人形遣い」は、ドイツのミステリー新人作家のデビュー作である。
事件分析官のマルティン・アベールは、ケルンで発生した連続猟奇殺人事件の捜査に加わることとなり、若い女性事件分析官のハンナ・クリストを従えて現地へ赴く。アベールは、これまでに数々の事件を解決に導いてきた事件分析官だが、その独特の手法から、上司や同僚からは浮いた存在となっている孤高の存在である。
現地に着くや、アベールは発見されたばかりの遺体が検死されている法医学研究所に足を運び、遺体の検分を行う。彼は、遺体とふたりきりになることを要求し、遺体から事件の真相を読み取っていく。それが、アベールの事件分析の手法だった。
いわゆるプロファイリング手法を題材としたミステリーというと、トマス・ハリスの「羊たちの沈黙」に登場するハンニバル・レクターがあげられるだろうか。訳者あとがきによれば、本書の著者ライナー・レフラーも「羊たちの沈黙」を読むなどして、作品の着想を得て、実際のドイツ警察の分析官に取材するなどして情報を集約して本書を構想し執筆したという。現実の捜査官たちへの取材があるからこそ、物語にリアリティが感じられるのかもしれない。
アベールがプロファイリングの結果をもとに、ラジオ番組で犯人を挑発するような発言をし、本格的にアベールと人形遣いの対決の火蓋が切って落とされてからラストまでの展開は、途中で本を置くのがもったいなく感じるほどのスピード感とドキドキ感がある。
物語に描かれる事件の真相、《人形遣い》と呼ばれる猟奇殺人犯が生み出された背景、そしてミステリーとしての筋立てやドンデン返しなど、小説としての完成度が高い。猟奇殺人事件を軸にして、アベールとハンナのコンビが対立し、いつの間にか関係を深め、それによってアベールが人間味を帯びていく。ふたりの恋愛模様的な話は、本書がシリーズ物として今後も続いていくのだとすれば、いきなり展開してしまうところにちょっと違和感というか、複雑なものを感じるのだが、パターンとしては王道なのかなと思う。