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まるで翻訳小説を読んでいるような作品。日本の若手作家がここまで第二次大戦時のヨーロッパ戦争を描けるのかという驚きと期待-深緑野分「戦場のコックたち」

本書は、著者名を伏せて読んだら、海外文学の翻訳書と思い込んでしまうかもしれない。本書に描かれる第二次世界大戦のヨーロッパ戦線における苛烈な戦場の描写は、アメリカかイギリス出身のベテラン作家の手によるものと言われても納得してしまうほどにリアルだ。それが、日本人のしかも若手の作家によって書かれたとなれば、もう驚きを隠し切れない。

戦場のコックたち

戦場のコックたち

 
戦場のコックたち

戦場のコックたち

 

深緑野分「戦場のコックたち」の舞台は、ノルマンディー上陸作戦からはじまるアメリカ軍とドイツ軍の激戦が繰り広げられたヨーロッパ戦線である。

ティモシー(ティム)・コール(通称“キッド”)は、第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第3大隊G中隊の五等特技兵だ。軍隊での彼の仕事は管理部付のコックである。同じ中隊には、三等特技兵でリーダーのエドワード(エド)・グリーンバーグ、キッドと同じ五島特技兵の陽気なプエルトリコディエゴオルテガの3人がコックとしての役目を与えられている。他に、補給係のオハラ、調達の名人ライナス、衛生兵のスパーク、通信兵のワインバーグ、そして戦場でキッドたちに救出されて中隊に加わったダンヒル。彼らは、戦場という極限の現場で、常に死の恐怖と闘いながら、互いに助けあい勝利のためにドイツ軍との戦闘を繰り広げる。

「戦場のコックたち」には、戦場という“非日常”の場所で起きる「日常の謎」を解き明かすミステリーという建てつけがある。パラシュートを集めている兵士の謎。大量の粉末卵紛失事件。オランダ人のおもちゃ職人夫妻の謎めいた死の謎。仲間のディエゴが聞いた幽霊の足音。そして、仲間にかけられた疑惑。キッドたちは、エドを探偵役として、厳しい戦いの中でこれらの謎を解き明かす。

「戦場のコックたち」は、ミステリー小説という仕立てにはなっているが、それ以上に深さと重みを感じさせる小説だ。それは、やはり戦争という異常状態を背景とし、極限の戦場を舞台として、そこで戦う若い兵士たちの悲劇をリアルに描き出しているからだと思う。

著者の深緑野分(ふかみどり のわき)は、1983年生まれ。2010年に「オーブランの少女」でミステリーズ!新人賞を受賞してデビューした若手女性作家であり、本書「戦場のコックたち」は、著者の2冊めの著作にして初めての長編小説になる。

深緑野分は、どうして初めての長編小説の題材に、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を選んだのだろう。その理由について、「ハヤカワ・ミステリマガジン2015年11月号」の「迷宮解体新書(89)深緑野分」によれば、海外テレビドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」の影響があると記されている。


Band of Brothers バンド・オブ・ブラザーズ MV - YouTube

では、なぜ主人公たちの役割をコックにしたのか。その理由を著者自身がこう語っている。

「戦場という次々と人が死ぬなかでの日常の謎というギャップが面白いと考えた際、食べるという行為も、その謎と同じく、死ではなく生に繋がると思ったんです」

「戦場のコックたち」は、物語が進んでいくほどに、戦場での悲惨さが過酷を極めていく。ドイツ軍撤退後に進軍したキッドたちの部隊が目撃するユダヤ強制収容所の様子は、思わず息を呑むほどに、リアルであり悲惨である。

戦争が終わり、生き残った兵士たちは傷ついた身体と心を抱えたまま、故郷に帰る。戦争に従軍し、命を賭けて勝利のために戦った彼らが手に入れたものは、いったいなんだったのだろうか。

深緑野分先生『戦場のコックたち』著者コメント - YouTube

 

ミステリマガジン 2015年 11 月号 [雑誌]