ガタガタ書評ブログ

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《プリンス》という天才-西寺郷太「プリンス論」

多くのプリンスファンの皆様には、大変申し訳ないのだけれど、私が《プリンス》と聞いて思い出すのは、アーティスト《プリンス》本人のパフォーマンスではなく、とんねるず石橋貴明が、確か「みなさんのおかげです」か何かで、「バットマン」のミュージックビデオを完コピしていたことの方だったりする。

プリンス論 (新潮新書)

プリンス論 (新潮新書)

 

実際のところ、プリンスには当時も今もそれほど興味があるわけでもない。それなのに本書を手にとったのは、西寺郷太がプリンスについてどう書いているのだろうかという興味からだ。

結論から言えば、やはり西寺郷太はスゴイということに尽きる。

本書は「プリンス論」と大仰に構えているが、そのタイトルにも負けないプリンス論がきっちりと書き込まれている。自らの音楽体験と、プリンスというアーティストに対する計り知れないリスペクトが相乗効果となり、プリンスの本当のスゴさをもっと知ってもらいたい、という著者の熱い思いが伝わってくるように感じる。

だが、ただただ熱いだけというのではない。プリンスを育んだ音楽のルーツやアーティストとしての天才性、マイケル・ジャクソンやマドンナといった同世代アーティストとの違いなど、プリンスという人物、ミュージシャンを的確に表現し、プリンスをよく知らない私のような読者にも、プリンスのスゴさが的確にわかるようになっている。

稀代のメロディメーカーとしての天才性。様々な楽器をいとも簡単にこなすミュージシャンとしての天才性。自身のキャラクターを存分に活かし、ある種のセックスシンボル的アイコンとして表現するアーティストとしての天才性。プリンスは、実に様々な天才性を有している。だが、それ故にどこか掴みどころがないような印象も与えてしまっているのかもしれない。

同タイミングで出版された「ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い」で、ウィー・アー・ザ・ワールドに参加したアーティストが、軒並みその後に不遇の日々を過ごすことになったことを論証した著者。その中で、プリンスは当初ウィー・アー・ザ・ワールドに参加を予定したがドタキャンしたエピソードがあった。

本書にもプリンスの側から見たウィー・アー・ザ・ワールドの話が書かれている。そこには、プリンスが結果としてウィー・アー・ザ・ワールドに参加するのを止めた理由が書かれている。著者の想像でもあるのだが、「なるほど、それも一理ありそうだ」という説得力がある。そして、その後にプリンスが一時の浮き沈みはあるにせよ、今でも一線で活躍していることを考えれば、やはり「ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い」は本当だったのかもしれない、という気がしてくる。

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