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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

本書が出版された2010年、まだ私たちは政治にも生き方にも無関心だった。2015年の私たちは、震災と原発事故と安保に対して自らの主張を掲げられるようになった-中森明夫「アナーキー・イン・ザ・JP」

2015年9月19日の未明に、政府与党が提出した安全保障関連法案(安保法案)が、自民公明および一部野党の賛成によって参議院で可決された。

アナーキー・イン・ザ・JP (新潮文庫)

アナーキー・イン・ザ・JP (新潮文庫)

 
アナーキー・イン・ザ・JP

アナーキー・イン・ザ・JP

 

今回の安保法案に対しては、国会内でも与野党の激しい対立が続いたのだが、それ以上に注目されたのは国会の外で行われた反対派による大規模なデモ活動である。法案が提出されて以降、国会を取り巻く安保法案反対派の人たちは増え続け、主催者側の発表では12万人もの人が集結して、国会に向けて「安保法案反対!」、「戦争法案反対!」のシュプレヒコールをあげたのである。

国民による大規模なデモ集会が開かれ、そこに全国から多くの共感しあう人たちが集まって活動をする光景は、東日本大震災で発生した東電福島第一原発事故以降の、原発再稼動反対デモ以降、顕著に増えている。これまで、あまり声をあげることがなかった国民、なかでも若い世代や母親たちが、この国の将来に危機感を抱き、積極的に活動するようになったのが目立っている。

それまで、久しく日本で大規模なデモや社会運動が起こることはほとんどなかった。ときおり何らかの抗議活動と称して人々が集まり、デモと称する活動を行うことが報道されたりするが、それもあらかじめ警察に届けを出し、交通などの障害にならないように法規に沿って粛々と行われることがほとんどだった。警官隊との衝突や怪我人が出ることもなく、決められた時間で終わって散会していくという、機械的なパフォーマンスのような印象をもっていた。

だが、少し時代をさかのぼってみると、以前は日本でも大規模なデモ活動や抗議活動がさかんに行われていた。戦後に関していえば日米安保反対運動などがあげられるだろう。

さらに時をさかのぼると、社会主義活動がさかんに行われていた時代につきあたる。その社会主義運動の中心人物として現代に語り継がれる生粋のアナーキスト大杉栄だ。

大杉は、幸徳秋水らと活動をともにし、天皇を否定し、無政府主義を唱えた。当時の日本は天皇を神と崇める国であったことを考えれば極めて過激であり、先駆的な思想の持ち主であったと言える。大杉は1923年に甘粕大尉率いる憲兵隊によって強制的に収監され、暴行を受けて死亡した。

また前置きが長くなってしまったが、本書である。

中森明夫アナーキー・イン・ザ・JP」の主人公は、平成の世に生きるいまどきの若者シンジ。彼は、あることをきっかけにパンクロックにのめりこみ、セックス・ピストルズを知り、シド・ビシャスの生きざまに憧れる。シンジは、シドの魂と語らいたいとイタコを称する老婆のもとを訪れるが、どこを間違えたのかシンジの中に降臨してきたのは本物のアナーキスト大杉栄の魂であった。大杉に乗り移られたシンジは、大杉を現代日本へと案内する。自分の死後約100年が経った日本に戸惑いながらも、大杉は貪欲に知識を吸収していく。

本書には、現代日本の様々な風俗や環境、メディア文化人と呼ばれる学者や政治家たちに対する痛烈な皮肉が込められている。多くの学者、政治家がほぼ実名で登場し、ときには批判の対象となり、ときには揶揄される。その矛先は著者自身へも向けられていて、オタク文化を揶揄する場面などは、オタクという言葉の生みの親ともいわれる著者自身が強烈に揶揄されているかっこうだ。

基本的な姿勢はギャグである。ワーキングプアという言葉が生まれ、就職氷河期と言われ、それを裏付けるように小林多喜二の「蟹工船」がベストセラーになったりする時代。著者は、稀代のアナーキスト大杉栄というキャラクターを使って、閉塞的な時代の中で、あまり積極的に行動を起こそうとしない当事者(若者、労働者)に対する不満を声高に訴え、雇用対策、景気対策の重要性を主張しながら、実現性のビジョンを示すことができない政治家や経営者たちを糾弾する。本書は、小説という形を借りているが、立派な思想啓蒙書であると感じた。