ガタガタ書評ブログ

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外国からの巨大資本に翻弄され、犠牲を強いられる民衆の悲哀-インドラ・シンハ「アニマルズ・ピープル」

書評サイト「本が好き!」で、本書の題材にもなったインドのポーパール化学工場事故について書かれたドキュメンタリーのレビューを読んだ。

※allblue300さんによる「ポーパール午前零時五分(上/下)」のレビュー 

www.honzuki.jp

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レビューを読んで、ポーパール事故を題材にした小説を以前に読んだことを思い出した。それが、インドラ・シンハ「アニマルズ・ピープル」である。

アニマルズ・ピープル

アニマルズ・ピープル

 

物語のベースとなっている事故は、1984年12月にインドのマッディヤ・ブラデーシュ州の州都ポーパールにある米ユニオンカーバイト社の子会社が運営する化学工場から猛毒のイソシアン酸メチルが流出し、付近のスラムに居住する住人が多数(15000人~25000人が死亡したとされる)の犠牲者が出たというものであり、世界最大の化学工場事故とされている。

本書の主人公である“動物”と呼ばれる少年は、事故の影響により腰が歪曲して四本足で生活せざるを得なくなった。両親は既に亡くなって、祖母と暮らしている。身体の障害の影響でまともに働くことはできず、食堂のゴミを漁ったり、まれにありつける仕事によって得られるわずかな収入で糊口をしのぐ日々だ。

そんな“動物”が暮らす地区に生活する人々は、誰もが事故を起こした工場の所有者であるアムリカ資本のカムパニと対立している。現実のポーパール事故でも、工場の親会社であるユニオンカーバイト社の経営者たちは、事故の責任を取ろうとせず、被害住民への補償に関してもまともに取り合おうとはしなかった。本書におけるカムパニも同様である。また、地元の知事や警察たちも決して住民の味方ではない。

そんな中で、あるアムリカ人の女性医師が地区に無償の診療所を設立するために現れる。エリというその医師は、はじめカムパニの手先と住民に敵視され、診療所での治療も住民たちから拒否されるが、住民たちのリーダー的存在であるソムラジとの関係を構築したことで次第に受け入れられていく。

障害を持つ“動物”に対しても手を差し伸べ、彼の治療のために努力する。“動物”ははじめエリに心を許していたが、カムパニの顧問弁護士とエリがホテルで会っているのを見つけてしまったことで、彼女に不信感を持つようになる。カムパニに対する裁判で不正が行われる可能性を考慮したリーダー格のザファルは、聴聞会の延期を求めてハンガーストライキを敢行し、命を落とす。

あとがきで訳者が書いているように、本書を告発小説として読むことは、本書の魅力を減少させてしまうかもしれない。本書は、スラムという底辺社会に住まう人々と彼らの前に君臨し理不尽にふるまう外国資本の巨大企業との対立を軸に、身体に障害を負いながらも自分自身の才覚で懸命に生きる少年の心の揺らぎと成長を描いた一級の小説である。

本書が翻訳刊行された2011年3月、日本では東日本大震災が発生し、巨大な揺れと津波により多数の犠牲者が出た。そして、さらに追い打ちをかけたのが、東京電力福島第一原発の事故である。地元住民に多大な被害と犠牲をもたらせた事故とその後の政府、自治体、企業と住民との関係は、本書に描かれる権力(自治体、カムパニ)とスラムの住民たちとの関係に似ている。権力と民衆の対立は、解決へ向かっていくのか。それとも、対立は対立のままに加速度的に悪化し続けるのか。日本がおかれた未来像が本書の中にあるのかもしれない。