ガタガタ書評ブログ

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激戦の硫黄島で最後まで抵抗した兵士たち。彼らの尊い犠牲に上に私たちの今があるのだと思う-梯久美子「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官栗林忠道」

今年(2015年)は、太平洋戦争が終結してから70年の節目の年である。もうすぐ訪れる8月には、70回目の広島・長崎の原爆忌があり、70回目の終戦記念日がある。

戦後70年が経ったということは、その分戦争を直接的に経験した世代が確実に少なくなっているということだ。

日本を支えるビジネスの現場で働く一線のサラリーマンたちも、国を動かす政治家たちも、そのほとんどは戦後生まれになっている。時間が経過とともに、あの戦争の記憶は人々の中から確実に薄れつつある。

散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)

散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)

 

本書は、太平洋戦争中でも最大の激戦といわれる硫黄島での戦いを通し、その戦いで日本軍を率いた栗林忠道中将(戦死直前に昇級して最後は大将)の生涯と、彼の硫黄島における戦いぶりを描いたノンフィクションである。

「硫黄島の戦い」とは、太平洋戦争末期の1945年2月19日から3月26日にかけて、小笠原諸島に属する硫黄島で行われた日本軍対連合国軍(中心は米国海兵隊)との戦いである。

既に制海権や制空権を奪取し、サイパンやグアムなどの日本軍を次々と撃破していたアメリカ軍は、硫黄島も短期間で制圧できると見込んでいた。そんなアメリカ軍の目論見を、総長18キロにも及ぶ地下連絡壕を建設し、それまでの日本軍の伝統的な戦い方であった「玉砕」、「バンザイ突撃」を禁じ、ゲリラ戦を展開することで徹底的に対抗したのが栗林中将が指揮する日本軍であった。

結果として敗北を喫したものの、日本軍の犠牲者2万129名に対して、アメリカ軍の犠牲者は2万8686名と、アメリカ軍側の犠牲者の方が日本軍を上回るという稀有な戦果をあげたのである。

栗林中将は、硫黄島に赴任後、来るべきアメリカ軍との戦闘に備えて約2万の部下たちを鼓舞し、1日でも長く硫黄島を守り抜くこと(決して勝つことではなく)を誓って準備を続け、実戦においてはその地の利を活かして圧倒的な戦力を誇るアメリカ軍を散々に苦しめた。その戦いぶりは敵兵に恐れられ、アメリカでも硫黄島での戦いはいまだに語り草となっているという。

硫黄島の激戦を指揮した栗林中将には、鬼神や軍神という印象があるが、実際の栗林中将は、人間的にも家族や部下たちを思いやる心やさしい人だったようで、その性格の一端は栗林中将から家族にあてた数多くの手紙から伺われる。

栗林中将はアメリカ留学を経験しており、その豊富な国力を肌身で感じていた。それゆえアメリカ相手の戦争には終始批判的であったという。それでも、帝国陸軍の軍人となったからには戦地で国のために精一杯戦わなければならない。栗林中将が硫黄島で奮戦したのは、ひとえにその思いがあったからだ。

硫黄島の戦いは日本では長らく忘れられていた。栗林中将の存在も、例えば連合艦隊司令長官であった山本五十六などと違って、あまり知られていなかった。その栗林中将及び硫黄島の戦いに再びスポットを浴びせたのが本書である。

その後、クリント・イーストウッドがアメリカと日本のそれぞれの視点で硫黄島の戦いを描いた「父親たちの星条旗」、「硫黄島からの手紙」を制作し、そのヒットによって、日本でも硫黄島の戦いは広く知られるようになった。

栗林中将は、最後自らが先頭に立って敵陣への総攻撃を指揮し、その際に戦死したといわれる。

総攻撃に先立って栗林中将は大本営に対して訣別電報を送信している。その中には3首の辞世の句があった。その1首の末尾が本書のタイトルでもある“散るぞ悲しき”である。そこには栗林中将の善戦空しく硫黄島を死守できず、2万もの兵士を死地に向かわせた指揮官としての万感の思いがこめられているように思う。

しかし、大本営は硫黄島陥落を伝える発表の際にこの部分を“散るぞ口惜し”と改ざんして発表した。来るべき本土決戦に向け国民の戦意高揚を使命としていた大本営にとって、栗林中将が発した“散るぞ悲しき”は軍人としてあってはならない言葉だったのである。自分の発信した内容が改ざんされていることを知らず(いや、予想はしていたかもしれない)、栗林中将は硫黄島に散った。

戦後70年、日本は敗戦の焦土から復興し、先進国とまでいわれる大国に成長した。だからこそ、あの戦争で犠牲となった軍人、民間人の存在を風化させてはいけない。そして、いかなる理由があっても同じ過ちは繰り返してはいけない。だけど、今この国は、また誤った方向に舵を取ろうとしているようだ。

まもなく8月15日がやってくる。今一度、戦争の醜さ、残酷さを再確認し、継続した平和の実現を目指すことを誓う日であってほしい。

硫黄島からの手紙 [Blu-ray]

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父親たちの星条旗 [Blu-ray]

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