タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

デビュー作らしい生硬さがある一方で、笑いの世界の描写は秀逸だと思った-又吉直樹「火花」

2015年上半期の文学界で、おそらく一番話題を集めているのが、漫才コンビ・ピースの又吉直樹氏が書いた初の小説「火花」であることは間違いない。同作が掲載された文芸誌文学界2月号」は、1933年の創刊以来初めての増刷となるほどの売上を記録し、5月に発表された「第28回三島由紀夫賞」の候補作にノミネートされて僅差で受賞を逃したものの高い評価を得た。また、6月に発表された第153回芥川賞(選考・発表は7月16日)の候補作にもノミネートされており、受賞が期待されている。

火花

火花

 
火花 (文春e-book)

火花 (文春e-book)

 

その「火花」をようやく読むことができた。「文学界2月号」を購入していたのだが、あまりに話題が高まりすぎてしまったため、なんとなく読み損ねていたのだ。今回、芥川賞候補になったこともあり、ようやくそのページを開いてみたという訳である。

「火花」は、若手の駆け出し漫才師である徳永と、彼より4つ年上で天才肌の漫才師である神谷との交流を軸に、徳永の人間的成長を描いている。

熱海の花火大会で催されたお笑いライブの舞台で、花火の迫力に完全に喰われてしまい不本意な漫才しかできなかった漫才コンビ・スパークスの徳永は、忸怩たる思いを抱きながら舞台を降りる。そんなスパークスと入れ違いに舞台に向かうのは、彼らより少し先輩のコンビ・あほんだら。すれ違い際に、あほんだらの神谷は徳永に向かって言う。「かたきとってきてやる」と。

熱海の舞台で弾けるように漫才を繰り広げる神谷の姿に、徳永は打ちのめされる。その時から、徳永は神谷の信奉者となる。

“笑い”に対して貪欲なふたりの若者が出会い、互いの存在を認め、互いに努力をして這い上がろうともがく。すぐに売れるほど甘い世界ではない。それぞれが、後からやってくる後輩芸人たちに、そのポジションを脅かされ、やがてあっさりと抜き去られる。

だが、徳永と神谷が互いに慰め合うような関係なのかというと、そういうわけではない。徳永も神谷も自らの世界を有していて、それが自らの寄って立つところなのだ。おそらくそれは、著者である又吉氏自身の信念でもあるのではないだろうか。

「火花」は、実のシンプルでオーソドックスなスタイルの小説だ。文体や構成にも特別に奇を衒ったところはなく、文学青年がこれまでずっと愛読してきた太宰治であったり、三島由紀夫であったりといった作家たちの小説スタイルに憧れ、その文体に近づけるように書いたように感じられる。ストレートに言ってしまえば、古めかしい小説だ。

それゆえに、前半の2~3割くらいまでは、肩に力の入った生硬な印象が強かった。普段、純文学系の小説をあまり読まない読者は、もしかすると最初のところで挫折してしまったかもしれない。それでも、半分を過ぎて後半に向かうにしたがって、ドンドンと面白くなっていく。クライマックスの、スパークス解散ライブのシーンで繰り広げられる彼らの最後の漫才は、迫力を感じて思わず目頭が熱くなった。

また、人物の造形が良い。やはり、自らの主戦場であるお笑いの世界を描いているだけに、本作に登場する人物は、徳永も神谷も、徳永の相方である山下も、神谷の相方である大林も、どこか非現実的でありながら、実にリアルな存在感を示している。

実際に読んでみて、「火花」が小説として評価を受けていることは、納得のいくところもあるし、いかないところもある。「火花」が芥川賞を受賞できると思うかと問われれば、「難しいのではないか」という気がする。それでも、この作品は好きなタイプの作品だ。話題性に関係なく、作品として個人的には高く評価したいと思うのである。

文學界 2015年 2月号 (文学界)

文學界 2015年 2月号 (文学界)