ガタガタ書評ブログ

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友達はいますか? 友達が欲しいですか? 友達ってなんですか? 本当に友達が必要ですか?-柚木麻子「ナイルパーチの女子会」

つくづくと女性とは怖いものであるな、と思うのである。それは、柚木麻子が描き出す、女性の痛々しいところ、弱々しいところが、読んでいて実に深く胸を抉り出し、なおかつその抉った傷口に塩をすりこむように、容赦なく迫ってくるからなんだろうと思うのである。

ナイルパーチの女子会

ナイルパーチの女子会

 

柚木麻子ナイルパーチの女子会」には、ふたりの女性が登場する。

ひとりは、大手一流商社に勤める栄利子。彼女は、子供の頃から成績優秀、自分の価値観がすべてにおいて絶対であり、決まったルールの中で生きることが正しいと信じて疑わない。明らかに周囲からは浮きまくっている痛いタイプの女性だ。

もうひとりは、専業主婦の翔子。スーパーの店長をしている夫と暮らす彼女は、決して真面目な主婦ではない。家事はできるだけ手抜きをし、楽しく毎日を過ごすのが好きだ。その、ちょっと怠惰な日常をブログに綴って、ちょっとした人気を得ている。

優秀なキャリアウーマンと平凡で少し怠惰な専業主婦を繋ぐのが、翔子が日々更新しているブログである。栄利子は、そのブログを通じて、翔子と自分が近所に住んでいることを知る。ふたりがリアルの世界で出会ったことにより、話はおかしくも痛々しい方向へと転がっていくことになる。

栄利子も翔子も生き方においては相当に不器用だ。

栄利子は、人との付き合い方に絶対的な解答を求めており、自らの考えるプロセスや結果以外の関係性を認めることができない。だから、関わる人にはすべて、自分の理想を押し付けるし、相手がそれに応えてくれなければ不満を爆発させる。

翔子は、一見すると社交的で平凡なありきたりの主婦のように思える。だけど、彼女も栄利子と同様に他人との距離のとり方が下手だ。栄利子との距離のとり方。馴染みのカフェのイケメン店員との距離のとり方。ブログ仲間との距離のとり方。夫との距離のとり方。父や兄弟たちとの距離のとり方。ありとあらゆる関係性の距離を、翔子はとりそこねてしまっている。それが、やがて彼女を孤立へと追い込んでいく。

ナイルパーチの女子会」が問いかけるのは、人と人との距離感であり、友達という存在の必要性に対する疑問だ。

友達がいないことに対する恐怖心や不安。友達を失うことへの恐怖心と不安。“友達”という存在に対する価値観と現実とのギャップ。そういった関係性の問題を問いかけることで、本当の友達関係とは何か、本当の人間関係とは何か、を考えさせる。

“友達”って本当に必要なのだろうか。

“友達”ってどういう存在なのだろうか。

栄利子も翔子も、“友達”に対する理想と現実のギャップによって転落していく。生き方が不器用であるがゆえに、転落したときのダメージが激しい。

でも、栄利子や翔子のような存在が、小説世界の中の架空の存在であると決めつけてしまうのは簡単だ。しかし、現実世界でも栄利子や翔子のような人間は存在しているのも事実なのだと思う。もしかしたら、自分自身の中にも栄利子的な部分、翔子的な部分があるかもしれない。そんな風に思わせるところが、柚木作品のすごさなのだ。