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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

太宰流ボヤキ漫談と自虐ネタ。遠慮しないで突っ込め笑え!-太宰治「家庭の幸福」

太宰治 書評

しかしなんですな、昔も今も“官僚”、“役人”というのは嫌われ者と相場が決まっているのですな。

太宰さんも、“官僚”というヤツには一家言あるようでして、「家庭の幸福」という短編でボヤいております。

家庭の幸福

家庭の幸福

 

ただ、そこは太宰さん、ただボヤくわけではない。まずは冒頭に、

「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚」という種族の正体はどんなものなのか、また、それが、どんな具合いに悪いのか、どうも、色あざやかには実感せられなかったのである。

と、「官僚が悪いって、世間じゃ聞くけど、官僚のどこが悪いんですかねぇ。あたしにゃどうも実感がないんですけどねぇ」ってな感じで、いかにも興味なさげに話を始めます。役人が悪いというけれど、民衆だってろくでも無いのが多いじゃん。てな具合です。

でもでも、その先太宰さんはこう続けるのです。

むしろ役人のほうは、その大半、幼にして学を好み、長ずるに及んで立志出郷、もっぱら六法全書の糞暗記に努め、質素倹約、友人にケチと言われても馬耳東風、祖先を敬するの念厚く、亡父の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁に入れて母の寝間の飾り、まことにこれ父母に孝、兄弟には友ならず、朋友は相信ぜず、お役所に勤めても、ただもうわが身分の大過無きを期し、ひとを憎まず愛さず、にこりとも、ひたすら公平、紳士の亀鑑、立派、立派、すこしは威張ったって、かまわない、と私は世の所謂お役人に同情さえしていたのである。

ずいぶん長々引用してしまいましたが、太宰さん、それ全部悪口です(笑)。最後にしれっと「私は役人に同情している」とか書いてますけど、その前に書いてること全部悪口。子供の時から勉強ばっかりしてて、ケチで、人の話を聞かなくて、両親孝行はするけれど友達のことは信じていない、ただただ自分に面倒なことが起きないことを願っている。すげぇ、嫌なヤツですよ、その役人は。

さて、これだけの悪口を並べておきながら役人には同情的な太宰さん。ある日、病気で寝込んでいる時にラジオで「街頭録音」の番組を聞きます。役人と民衆の討論会みたいなものですな。

ところで、このラジオ購入の顛末も太宰さん長々書いています。簡単に言いますと、ある日、数日家をあけて遊び歩いて久しぶりに家に帰ったらラジオがあった。びっくりして、どこから金を工面したのか聞いたら、留守中に雑誌社の人が原稿料を持ってきたのでその金で買ったという。太宰さん、「無駄遣いしやがって」と腹を立てるが、数日家をあけてた負い目があるから、怒れない。渋々と受け入れた。という話です。

そんな訳で我が家に設置されたラジオで、太宰さんは「街頭録音」番組を聞くのです。

太宰さん、放送を聞いているうちにだんだんと腹が立ってきます。役人のヘラヘラとした態度に、最後はその役人の家に放火してやりたいとまで思うほど激しい憎悪を感じるのです。あまりに興奮した太宰さん、その夜は医者にもらった鎮静剤を飲んで気持ちを落ち着かせると、なぜだか役人の生活形態を妄想し始めます。そして、その妄想が役人の幸福な家庭の光景に及んだところで思います。待てよ、と。

私の空想の展開は、その時にわかに中断せられ、へんな考えが頭脳をかすめた。家庭の幸福。誰がそれを望まぬ人があろうか。私は、ふざけて言っているのでは無い。家庭の幸福は、或いは人生の最高の目標であり、栄冠であろう。最後の勝利かもしれない。

家庭の幸福が人生最高の目標である。うん、よく言った。というか、太宰さん、あなたの口から家庭の幸福という言葉が出るとは思いませんでしたよ。

「家庭の幸福」についての空想が広がりだした太宰さん。短編小説のアイディアを思いつきます。どういう話かは、本編を実際に読んでいただきたいと思いますが、ご自身の本名である津島修治という名前を付けた主人公は、役場の戸籍係で二児のパパ。仕事は真面目で、家族を大事にする模範的なパパです。酒も煙草もやらないし、ケチ臭くもありません。ラジオだって気前よく買っちゃいます。ある日、津島修治は、勤務時間終了直後に出生届を提出しに来た女性を、時間外だからと拒否します。その女性は、その夜、玉川上水に身を投げて命を落としますが、津島修治には関係のない話。彼は、何事もなかったかのように、家庭の幸福に全力を尽くすのです。

小説世界の津島修治さんは、現実世界の太宰さんと真逆の人物のようです。これは完全に自虐ネタですね。

ツラツラと短編のネタを考えた太宰さん。ラジオで聞いて腹を立てた役人のヘラヘラ笑いから端を発した妄想の連鎖を改めて辿ってみます。

 ・「官僚の悪」の地軸はなにか?

 ・「官僚の悪」の地軸はなにか?

 ・「官僚的」という気風の風洞はなにか?

と辿った太宰さんは、その先に、

 ・家庭のエゴイズム

という観念に突き当たります。そして、最後に太宰さんが導き出した結論とは?

それは、ぜひ皆さんの眼でお確かめくださいませ。