有名女優ローレル・ニコルソンは、まだティーンエイジャーだったあの日、母ドロシーがひとりの男を殺す瞬間を目撃した。成長し、女優としての名声を獲得したローレルは、あの事件の背景にあるドロシーの過去に秘められた出来事を調べ始める。
本書は、ケイト・モートンの第4長編にあたる。私自身は初読みの作家。
全体的におっとりとした雰囲気がある。もちろん、ミステリーなので殺人があり、戦争の混乱で翻弄される当時の人々の暮らしがある。そこには、大いなる危機感が存在しているはずだが、本書ではそういう危機感、緊迫感はあまり感じさせない。
例えば、戦時中におけるドロシー、ヴィヴィアン、ジミー、ヘンリーたちの暮らしぶりは、戦時の緊迫感を強く訴えるものではない。ただ、ひとりひとりが強く生きていくことを求められた時代を感じさせるように、ドロシーたちは強く、個性的なキャラクターである。おそらく読者は、本書を読み進める中で、彼らの中の誰かに共感し、誰かに嫌悪するのかもしれない。
上巻は比較的静かに物語が進んでいく。調べを進めるうちに、少しずつドロシーの過去がわかっていくところは、ジワジワとした盛り上がりがあり、その先の展開を期待させてくれる。決して、急激な物語の展開がある訳ではないが、実に読ませる。
下巻の後半に入ると話は走り始める。ドロシーとヴィヴィアンの関係、ドロシーとジミーそしてヴィヴィアンとジミーの関係、さらにヘンリーという男の正体。戦争の混乱が登場人物たちの混乱に拍車をかける。ヴィヴィアンとドロシーが空襲の中で対峙する場面とその後に続く真実が、本書のクライマックスだ。
ラストの真相は、途中でちょっとだけ予想がついてしまう。ある意味ではオーソドックスなパターンといえるだろう。だが、そのことが本書の作品としての魅力を阻害しているかといえば、そんなことはない。むしろ、この展開が必然であるとの印象を受ける。
ローレル、ジェリーをはじめとする子供たちに囲まれて、ドロシーは幸せに晩年を迎え、すべての秘密から解放されて最期の時を迎える。彼女にとって、その人生は波乱に満ちていた。でも、それがすべて彼女の幸せにつながっていたとするならば、これほどに幸せな人生は他にはないだろう。
久しぶりに読後感の穏やかな作品だった。
なお、本書は、第6回翻訳ミステリー大賞において、大賞と読者賞をW受賞するという史上初の快挙を達成した。それだけの高い評価を受けた作品だけに、翻訳ミステリー好き、翻訳小説好きなら読んで欲しい作品である。