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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

謎の奇病モンモウ病に侵された医師の復讐譚であり、医学界の暗部を鋭く抉る社会派問題作でもある-手塚治虫「きりひと讃歌(全4巻)」

マンガ 書評 手塚治虫

※本レビューは、作品の結末をネタバレしています。以下をお読みになる場合は、その点を十分にご考慮ください。

手塚治虫といえば、日本のマンガ、アニメの先駆者であり巨匠。現在、世界に誇る日本の代表的文化・芸術となったマンガやアニメに関するすべての基礎は、手塚治虫によって創りあげられたと言っても過言ではない。

手塚治虫のマンガには、

といった代表的な作品ジャンルがある。どのジャンルの手塚作品が好きかは、読者の趣味嗜好に左右されるものであるが、私が好きなのは「ブラック・ジャック」だ。

きりひと讃歌 1

きりひと讃歌 1

 
きりひと讃歌 2

きりひと讃歌 2

 
きりひと讃歌 3

きりひと讃歌 3

 
きりひと讃歌 4

きりひと讃歌 4

 

さて、本書「きりひと讃歌」は、謎の奇病「モンモウ病」を軸に、医者としての信念に実直な小山内桐人が、自らもモンモウ病に侵されながら、自分を陥れた竜ヶ浦教授をはじめとする医学界に蔓延る連中に復讐を誓う物語だ。医療ジャンルマンガの代表作である「ブラック・ジャック」が、医療技術を中心に描かれているのに対して、「きりひと讃歌」は、医学界のドロドロとした人間関係やプライドのぶつかり合いに終始して患者や病気と向き合うことをしない権威医師たちの醜さや暗部を描き出している。

大学医学部で謎の奇病「モンモウ病」の研究と治療にあたっている若き医師・小山内桐人は、上司である竜ヶ浦教授が唱える「モンモウ病=ビールス原因説」に疑問を感じていた。桐人と同僚の占部は、モンモウ病が四国の一部地域における風土病と考えていたのだ。桐人は、竜ヶ浦教授の指示でモンモウ病が多数発生する四国・犬神沢へ現地調査に赴く。しかし、それは桐人の存在を疎んじた竜ヶ浦教授の差金であった。

現地に赴いた桐人は、自分がモンモウ病に罹患してしまう。さらに、自分が自分の存在が医局から削除されたことを知る。その後、モンモウ病で容姿が変化したことで見世物として台湾の富豪に拉致されたり、アラブゲリラの紛争に巻き込まれるなど、彼の意に反するところで混乱に巻き込まれていく。

きりひと讃歌」は、モンモウ病という謎の奇病を巡って様々な出来事が暗躍する。病気の原因を巡る対立。世界各国の研究者同士での研究競争の激化。また、それと並行して日本医学界の悪しき因習として、医師会会長選挙を巡る教授と教授を支える者たちの暗躍ぶりも描かれる。

医師という権力を巡る争いは、山崎豊子白い巨塔」でも鋭く批判的に描かれた。「きりひと讃歌」も、「白い巨塔」と同種の批評的作品として見ることができる。現実に、医学博士号をもち、医者としての知識も、医学界の現実も知る手塚治虫だけに、「きりひと讃歌」に描かれる内容は、彼なりの問題提起であり、一種の内部告発とも言えるのではないだろうか。

権力に取り憑かれ、自らのプライドにのみ固執した竜ヶ浦教授は、桐人が口にした犬神沢の水を飲み(頭痛によく効く飲み薬として看護師から与えられていた)、自らもモンモウ病に罹患してしまう。それは、皮肉にも、自らが唱えてきた「ビールス説」を否定し、桐人や占部が唱えていた「風土病説」を裏付ける結果であったことになる。

手塚治虫は、勧善懲悪とはならないまでも、権力に対する鉄槌として竜ヶ浦教授をモンモウ病に罹患させる結論を設定した。復讐のために日本へ戻り、竜ヶ浦教授の転落を見届けた桐人は、中東の難民キャンプでの医療活動に従事するため日本を離れる。そこには、小山内桐人(=手塚治虫)が、日本の医学界に見切りを付けた瞬間を感じさせる。

きりひと讃歌」は、いわば日本医学界に対する手塚治虫からの決別状ということなのかもしれない。