ガタガタ書評ブログ

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心が弱ってきたから、賢治の言葉が胸に刺さる−宮沢賢治「雨ニモマケズ」

日頃からストレスにさらされ、仕事や人間関係に悩まされ、どうにも気が滅入る。すっかり、心が弱っていて、何も考えたくないときがある。

そんな弱った心に、深く刺さるのが、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」だ。

賢治の手帳に記され、彼の没後に発見された短いメモが「雨ニモマケズ」である。小学生か中学生の頃、国語だったか道徳だったか、この「雨ニモマケズ」の全文を暗記した記憶がある。当時は、この短い文章がもつ意味や、宮沢賢治という人物の境遇や人生観などにまったく興味がなかったから、「雨ニモマケズ」を覚えるのが苦痛だった。

だが、大人になって、いろいろと人生経験を積み重ね、様々な体験をしてきた今になって、改めて「雨ニモマケズ」を読んでみると、この短い詩篇が、実に深く大きな意味を持っていることに気付かされる。

まず、「雨ニモマケズ」の全文をここに書き記しておきたい。

 雨ニモマケズ
 風ニモマケズ
 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
 丈夫ナカラダヲモチ
 慾ハナク
 決シテ嗔ラズ
 イツモシヅカニワラッテヰル
 一日ニ玄米四合ト
 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
 アラユルコトヲ
 ジブンヲカンジョウニ入レズニ
 ヨクミキキシワカリ
 ソシテワスレズ
 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
 小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
 東ニ病気ノコドモアレバ
 行ッテ看病シテヤリ
 西ニツカレタ母アレバ
 行ッテソノ稲ノ束を負イ
 南ニ死ニサウナ人アレバ
 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
 北ニケンクヮヤソショウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ
 ヒドリノトキハナミダヲナガシ
 サムサノナツハオロオロアルキ
 ミンナニデクノボートヨバレ
 ホメラレモセズ
 クニモサレズ
 サウイフモノニ
 ワタシハナリタイ

 南無無辺行菩薩
 南無上行菩薩
 南無多宝如来
 南無妙法蓮華経
 南無釈迦牟尼仏
 南無浄行菩薩
 南無安立行菩薩

雨ニモマケズ」は、読み手の置かれた境遇や精神状態によって、如何様にも解釈できる。

例えば、心が弱っている時に読む「雨ニモマケズ」は、弱った心持ちを励ますと共に、「苦しむことはない。楽に生きていけばよい」と言ってくれるように思える。

例えば、傲慢で自意識過剰な時に読む「雨ニモマケズ」は、その傲り昂ぶった感情を諌め、「もっと謙虚になれ。自分の事ばかり考えるのではなく、相手の側に立て」と言ってくれているように思える。

雨ニモマケズ」は、権力者が悪意をもって利用すると弱者を洗脳する武器になりうる。

時の権力者が、国民に耐えることを望み、耐える中で国威発揚を訴えるために、「雨ニモマケズ」が使える。「雨ニモマケズ」には、滅私と奉公、従順の精神が刻まれていると読めるから。

しかし、それとは逆に、権力の支配に囚われることなく、自らの依って立つ場所をもって、他人の言動に惑わされず静かな心持ちで行動せよ、と読めば、権力に迎合し、権力の犠牲になることを潔しとしない、独立独歩の人間が生まれる。

わずかな短い言葉の中で、宮沢賢治は広大な宇宙のような世界を築いている。