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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

会話なんて、構えることなく、もっと気楽に考えればいいんだよね-吉田尚記「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」

人と話をするのが、どうにも苦手。そういう人って結構多いですよね?
実は、私も人との気軽な会話を苦手としています。何を喋っていいのか本当に困る。仕事に関係する話ならいくらでも対応できるし、人前でのプレゼンとかも、少しは緊張するけどキライって訳じゃないのに、いわゆる雑談ってヤツになると言葉が口から出てこなくなってしまいます。

なぜ、この人と話をすると楽になるのか

なぜ、この人と話をすると楽になるのか

 

本書の著者である吉田尚記さんは、ニッポン放送のアナウンサーです。つまり「喋りのプロ」ですから、何気ない雑談だって身構えることなく自然にこなせるんだろうと、本書を読むまでは思っていました。

ところが、吉田さん自身は自分が「コミュ障」であると言います。「コミュ障=コミュニケーション障害」、本来の医学的な意味では、発声器官や知覚に障碍があってコミュニケーションを取ることができない病を指すのですが、最近では「身体的な問題はないけれど、他人とのコミュニケーションがうまくとれない人」を指して言うことが多く、そのほとんどの場合、他人を評するのではなく自らを卑下するような意味合いで使うことが多いようです。

吉田さんは、自分がコミュ障だったから、コミュニケーションを円滑に取れるようになりたいと考えていて、コミュニケーション技術に関する本を読んだといいます。でも、そのほとんどはコミュ障の克服という意味では役に立たなかった。なぜか? 巷にあふれているコミュニケーション技術の解説書では、コミュニケーションを円滑に進めることによってビジネスを成功に導く「コミュニケーション力を用いた成功術」を身につけさせることが目的となっているのです。でもね、コミュ障の人って、コミュニケーションのその先を目指している訳ではなくて、コミュニケーションそのものを目指している訳なんです。

コミュニケーションの目的はコミュニケーション

なんです。

この本には、吉田さんなりのコミュニケーションに関する考え方や実践している技術が記されています。
本書を読みながら、「なるほど」とか「へぇ~」とか、心に残ったこと、目からウロコの話、我が身を振り返って反省したところに付箋を貼っていたら、本が付箋だらけになってしまいました。そのくらい、本書にはコミュ障の克服につながる技が満載です。吉田さん自身がコミュ障を克服しているだけに、やはり説得力があります。付箋を貼った所を全部説明していたらキリがないのでいくつかに絞って書いていきますね。

■コミュニケーションはゲームである。
コミュニケーションをゲームとして考えてみよう、それも会話の相手を「敵」とする「対戦型ゲーム」ではなく、相手と一緒になってコミュニケーションを成功に導く「協力型ゲーム」として考えてみようと吉田さんは提案します。

コミュニケーション・ゲームのルールは4つです。

 ①「対戦型」ではなく「協力型」のゲームであること。
 ②ゲームの敵は会話の中で生じる「気まずさ」とする。
 ③ゲームは個人の意思とは関係なく強制的にスタートする。
 ④ゲームには「勝利条件」がある。

①は、前述の通りです。政治家同士のディベートや法廷での検事と弁護士の対決ではないのですから、会話によって相手を打ち負かす必要性はありません。「敵」は会話の相手ではないのです。

では、コミュニケーションの「敵」って何か。それは、会話の中で生じる「気まずさ」です。コミュニケーションが苦手な人が、会話で一番恐怖を感じるのは、会話の中で生じる沈黙、つまり「気まずい空気」です。コミュニケーション・ゲームでは、その「気まずさ」を生まないように会話相手と協力して取り組みます。

コミュニケーション・ゲームは、誰かが「よーいドン!」と合図をして始まるものではありません。例えば、偶然乗り合わせたエレベーターとか、酒の席などで隣りに座ったとか、そういう状況に置かれた瞬間に、本人の意思とは無関係に強制的に始まってしまうものです。だからこそ厄介なんですよね。

で、このゲーム、何をもって「勝利」とするかは、いろいろなパターンが考えられます。一番わかりやすいのは、コミュニケーションの結果、ゲームに参加した人が楽しくなれること。暗くネガティブに終わるよりは、明るくポジティブに終われるのが理想ですよね。

なるほど、ゲームとしてコミュニケーションを考える。その発想は、目からウロコでした。ゲーム感覚ならば、気軽に取り組むこともできそうです。

タモリの「髪切った?」は神質問である。
タモリといえば「笑っていいとも」。その「笑っていいとも」で、タモリがゲストに投げかける有名な質問が「髪切った?」です。吉田さんは、この質問がすごい技術だと感心しています。その理由は以下の通り。

 ①相手の変化に気付く
 ②内容に他愛がない
 ③返答のリカバリーが利く
 ④相手に関心を抱いているサインになる
 ⑤相手が髪を切ったことを覚えている

「髪切った?」って、相手の身体的な変化に興味を持っていることを表しているわけで、相手も「あれ、私のこと見ててくれたの?」と思いますよね。会話の入口としては適しているといえます。で、質問の内容といえば実に他愛がない。「昨今の政治についてどう考える?」みたいな質問されてもどう答えていいかわかりませんが、「髪切った?」なら答えも返しやすい。返された方も内容によっては色々な方向に話を膨らませることもできます。つまりリカバリーもしやすい。そして、自分が髪を切ったことって、ほとんどの場合それを覚えている。そうですね、自分が最近髪を切ったかどうかを覚えていない人はたぶんいないですよね。

こうして分析してみると、なるほどタモリの「髪切った?」は神質問といえそうです。これも目からウロコ。

■コミュニケーションにおける反則行為
コミュニケーションをゲームとしてとらえ、「髪切った?」のような神質問を手に入れた私たちは、「これでコミュ障を克服できる」との希望を抱くことができたように思います。でも、だからといってコミュニケーションが無法でいいわけではありません。吉田さんは、コミュニケーションにおける反則行為として、次の3つをあげています。

 ①ウソ
 ②自慢
 ③否定

思わず「ドキッ」としませんでした?
私はこれを読んで、これまでの我が身を振り返って「ドキッ」としちゃいました。と同時に反省もしました。話を盛ろうとしてついついウソついちゃったり、相手に競って話が暴走してしまって自慢合戦になってしまったり、相手の話を真っ向から否定しまったりなんて、結構やっていたりするなぁ、と。でも、それって本当にやってはいけないことですよね。

最近、相手を「褒める」ということを積極的にやっていきましょう、という運動が会社とかで取り組まれています。私は、安易に褒めることには否定的なのですが(あ、反則しちゃった)、でも、「褒める」という行為が相手を肯定する行為なのだと考えれば、積極的に褒めることも必要なのかもしれないな、と思います。

本書を読むまで、「コミュニケーションなんて最悪取れなくてもいいや」と、ちょっと諦めていたところもありました。でも、本書を読んでみて、コミュニケーションをもっと気楽に考えて、ルールに沿ってゲーム感覚で取り組めば、案外楽しい物なのかもしれないと思うようになりました。

でも、だからといって明日からコミュニケーションの達人になれるかというと、決してそういう訳ではないんでしょうけどねぇ~。