ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

言葉を語る者が言葉によって天に召された時、言葉を聴く者たちは混乱し、嘆き、悲しむ−パトリック・シャモワゾー「素晴らしきソリボ」

言葉は偉大だ。
時に言葉は命を宿し、語る者の口から飛び出すと、それを聞く者たちの心の奥底に、あるときは深い感動を与え、あるときは深い憤りを与える。言葉が喜怒哀楽を表現し、言葉によってある者は救われる。

素晴らしきソリボ

素晴らしきソリボ

 

パトリック・シャモワゾー「素晴らしきソリボ」は、ソリボ・マニフィークという「言葉を伝える者」は、言葉に喉を掻き裂かれて死ぬことで始まる。ソリボの言葉を聴き、彼の死を目の当たりにした者たちは、事件の連絡を受けて駆けつけた警察に、ソリボの様子を語る。

「言葉に喉を掻き裂かれる」とはどういう死に方なのか。警察は、ソリボの死に疑念を感じるが、あらゆる証拠が、彼が何者かに殺された訳ではないということを証明している。

本書は、ミステリー小説ではなく、「語り」を主題とする物語だ。作家の池澤夏樹は、本書について、

これは読む小説ではなく、聴く小説だ。お喋り文体に乗って、愉快で奇っ怪な言葉がざぶざぶと耳に流れ込む。やめられないとまらない。それにしても、これを日本語に訳した人もすごいね。

とコメントしている。

池澤氏の言う「聴く小説」の本領は、最終章の「ソリボの口上」でいかんなく発揮されている。ここは、「黙読」ではなく、ぜひ「朗読」してみて欲しい。言葉が、時に軽快に、時に厳かに、時に寂しく、リズミカルに流れていく。

古来、「言霊」とあるように、あらゆる言葉にはその言葉が持つ意味とともに、言葉の力が存在する。ソリボの口上が耳から入り込んだ時、私たちの身体の中で言葉がどのような変化をもたらすのか。それを楽しむために本書を読む。そんな楽しみ方があってもよいと思うのである。