ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

直情に駆られた男と彼の暴走に巻き込まれた友人の話−太宰治「走れメロス」

メロスは激怒した。

この、あまりに有名な書き出しで始まる名作「走れメロス」は、国語の教科書などでも取り上げられる誰もが知る作品である。正義の人メロスが、邪知暴虐の王・ディオニスの暴君ぶりを聞き及んで怒り心頭に発し、「呆れた王だ。生かして置けぬ。」と単身王城へと入っていく。案の定、彼はあっさりと捕まり、荷物の中に短剣があったことから磔刑の沙汰がくだされる。

この段階で、「メロスはバカだ」ということは明白である。いかに王の所業に怒りを禁じえずとも、そして、暴君を生かしておくわけにはいかぬ、との義憤に駆られたとしても、なんの考えも計画もなくその足で王城にのこのこ入っていくヤツは普通いない。メロスは、頭で考えることをしない単純な男なのである。

磔刑を言い渡されたメロスはここであることを思い出す。村に残した妹を結婚させてやらなければならないのだ。そもそも彼は、妹の結婚式のための衣装やら宴の御馳走を買うために市に来ているのである。そこでメロスはとんでもない提案をする。

「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えてください。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」

まったく虫のいい話である。当然ディオニスはこの提案を一蹴する。するとメロスは、さらに輪をかけてとんでもないことを言い出すのである。

「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許してください。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺してください。たのむ、そうして下さい。」

いやいや待て待て(ラッスンゴレライで言うたら、「ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん!」である)、メロス、お前の言ってることには突っ込みどころが満載だ。

「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許してください」
ディオニスとしては、自分を殺しに来た人物であるメロスに、「約束は守る」と言われても信頼できるわけがない。メロスとしてもそういう雰囲気は感じたのだろう。

「よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。」
本人の承諾も得ることなく、勝手に友人(しかも、「あれ」呼ばわりだ)であるセリヌンティウスを人質として差し出そうとする。なんと自分勝手なヤツなんだ、メロス!

しかも、しかもである。続けてメロスは、
「三日目の日暮までに、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。」
と、セリヌンティウスの命を差し出してしまう。そして、
「たのむ、そうして下さい」
と嘆願しちゃうのである。勝手に人質に差し出された挙句、メロスが帰らなかったら殺してもいいことにされちゃったセリヌンティウス。もちろん、ここまで彼の意思は一切介在していないのである。

さて、そのセリヌンティウスである。彼は、深夜になって王城に召される。かわいそうに、昼間は石工として働いて、仕事終わりにちょっと酒でもひっかけて疲れをとろうと眠っていただろう真夜中に叩き起こされて王城まで引っ張りだされたセリヌンティウスの気持ちを慮ると涙を禁じ得ない。しかも、メロスとセリヌンティウスはこのときなんと2年ぶりに再会しているのである。メロスは、2年間もご無沙汰だった友人を人質に差し出したわけだ。もはや鬼畜の所業としてもよいくらいだが、メロスはご承知の通り直情型の天然野郎である。メロスにはおそらく1点の疚しさも感じていないのだろう。

事情を聞いたセリヌンティウスは、無言で肯きメロスをしかと抱きしめる。そして、縄打たれて獄に入れられる。ここは、二人の熱い友情に感動する場面だ。言葉は交わさずとも互いを理解し、友のために我が身を捧げる。美しい。実に美しい。だが、本当にセリヌンティウスは納得して人質になったのだろうか。

メロスとセリヌンティウスは無二の親友である。当然セリヌンティウスはメロスの性格を熟知している。おそらく、事情を聞いた時セリヌンティウスは、
「メロスの野郎、またやりやがった!」
と内心思ったに違いない。しかし、セリヌンティウスはメロスと違って大人だ。ここで取り乱してはメロスにも影響をあたえることになりかねない。ここはグッとこらえ、メロスのために身代わりになろうと考えたとしても不思議ではないはずだ。それに、メロスの性格を知り尽くしたセリヌンティウスは、メロスは単純で天然バカだが、それだけに約束は破らないという確信のようなものもあったのかもしれない。

こうしてセリヌンティウスを人質に残してメロスは村に戻り、妹に無事結婚式を挙げさせると(この結婚に関する顛末にもちょっとしたドタバタがあるのだがここでは割愛)、一路セリヌンティウスの待つ市へと駆け戻る。途中、大雨で橋が流されている場所では濁流の川を泳いで渡り、山賊に襲われかけるもあっさりと倒し、疲労困憊で倒れるも甘露の水の一口で生き返り、市への道をひた走りにひた走る。

セリヌンティウスを助けるためにメロスは必死に走る。約束の日暮れは刻一刻と近づいている。まさに、ハラハラドキドキのクライマックスである。メロスはもはやボロボロ。衣服はボロボロになり、ほとんど全裸の状態で、息も絶え絶え、血反吐を吐きながら必死に前に進むのである。感動的な場面だ。

こうして、メロスは約束の日暮れギリギリに間に合い、セリヌンティウスは解放される。メロスは、解放されたセリヌンティウスに言う。

「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえないのだ。殴れ。」

いやぁ、青春!
「友よ、俺を殴れ!」である。なんともしびれるセリフだ。セリヌンティウスは、無言で頷くと力いっぱいメロスをぶん殴る。そして、今度はメロスに向かって自分を殴れと言うのだ。メロスは当然殴る。しかも、「腕に唸りをつけ」るほどの力強さで。セリヌンティウスに殴られたときのメロスよりも、メロスに殴られたときのセリヌンティウスの方が割りを食っている気がしないでもない。こうして、互いに殴り合い友情を確かめ合う姿を見て、暴君ディオニスも人を信じることを知るのである。ディオニス王も結構単純な男だな。

いやぁ、めでたしめでたし、としてしまって良いのだろうか?
よくよく考えてみれば、メロスの一人勝手な振る舞いから始まった一連の騒動、一番の被害者であるセリヌンティウスからすれば、メロスが約束どおり帰ってきて助かったからそれでよし、と水に流せるものだろうか。確かに物語としては二人の熱く強い友情を確かめ合って感動のラストとなる。でも、現実的に考えれば、セリヌンティウスの心中は決して穏やかではないはず。メロスが「自分を殴れ」と言った時の、

セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。

の心境は、「テメエのおかげでこっちは命がいくつあっても足りねぇじゃねぇか!」という怒りの鉄槌であったとみても不思議ではない。

メロスは激怒した。そして、それ以上にセリヌンティウスも、腹の底ではメロスに激怒していたのではないか。それでも、最後は笑ってメロスを許し、友情を壊すことはしないのが、セリヌンティウスの大人の対応なのである。

走れメロス」は、メロスが友・セリヌンティウスのために必死になる真っ直ぐな生き様に感動する以上に、天然バカのメロスを友人として支えているセリヌンティウスの大人ぶりに感心する物語なのだ。

走れメロス

走れメロス

 
走れメロス (新潮文庫)

走れメロス (新潮文庫)