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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

『食』に関する文化や人々の生活が、世界をつなぐことも、対立を生み出すこともあるのかもしれない-ピョートル・ワイリ/アレクサンドル・ゲニス「新装版亡命ロシア料理」

ロシア料理といって思いつくもの。ボルシチピロシキ、あとは……ウォッカ?(それは料理じゃない!)
それくらい、ロシア料理には馴染みがない。本書の表紙にも4種類のロシア料理の写真が掲載されているのだが、料理名が思い浮かぶのはボルシチくらいで、残り3種についてはまったく思いもつかない。
※答えは、「若鶏のサラダ都会風」、「白いビーフストロガノフ」、「ペリメニ(ロシア風水餃子サラファンスキー)」とのこと。ボルシチを含む4種の料理レシピは本書に掲載されている。

亡命ロシア料理

亡命ロシア料理

 

「亡命ロシア料理」は、その題名の通り、様々なロシア料理を中心に、様々な食文化に関するエッセイ集である。だが、話はそれほど単純じゃない。“亡命”と付くことで、話はちょっとばかしややこしく、そして面白くなってくる。

著者は、ピョートル・ワイリとアレクサンドル・ゲニス。1977年、二人は共に当時のソ連からアメリカへ亡命している。その後は、批評家、ジャーナリストとして活動してきた。そんな、亡命ロシア人である彼らが、故国ロシアの様々な料理に思いを馳せつつ、西側の文化・文明と旧ソ連の文化・文明を対立的にとらえた社会批評的エッセイをまとめたのが、本書「亡命ロシア料理」なのである。

ワイリとゲニスは、本書の中で様々な批評を展開している。特に西側、中でも亡命先であるアメリカの食文化に対しては、相当に不満があるようで、ほとんど褒めることがない。例をあげると、

アメリカでは魚はふつう、綿の塊のようなものだと思われている。それをパン粉にまぶして揚げるのだが、こんがり揚がったその表面を見ていると胸焼けが起こり、ハンバーガー以外のあらゆる食べ物が嫌でたまらなくなる。しかたない、アメリカも自分の起源(ルーツ)を忘れてしまっているのだ。『白鯨』の中でメルヴィルは、煮魚の料理を二〇〇種類も出すレストランのことに触れているというのに。
                --第7章 魚の呼び声

といったところには、アメリカ式の「なんでも油で揚げちまえ!」的な大雑把な料理法に対する不満があるのだろうと推測する。

また、アメリカのパンとロシアのパンを比較して、アメリカのパンはまずいとこき下ろす(第42章 アメリカとロシア、その最大の違いは?)。ただ、この批判に関しては、個人的には納得がいかない。なぜなら、彼らが主張するアメリカのパンがまずい理由は、アメリカ人が作るパンが綿のようにふわふわした代物、であるからなのだ。だが、日本人はどちらかというとアメリカ式のやわらかいパンを好んで食べる方なので、むしろロシアの固くてちょっと酸味のある黒パンの方が苦手だと思う。これも、アメリカとロシア、そして日本の食文化、食生活の違いということなのだろう。

この本は、全編終始一貫、西側(アメリカ)と東側(ロシア)との対立批評を展開しているわけではない。少なくとも、ワイリとゲニスには、亡命ロシア人としてアメリカ文化への敬意があるのだと、各エッセイからは感じられる。むしろ、自分たちが育ってきたロシアの生活と、アメリカでの生活との間にある文化的なギャップを、食文化という視点で比較し、それぞれの良い所、悪い所をキチンと見つめ、理解すべきだという意志が存在するように思える。