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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

戦争とは、いつも誰かの人生に影を落とすのだ。戦争によって家族は翻弄される-イレーヌ・ネミロフスキー「この世の富」

今年(2015年)は、アウシュビッツ強制収容所が解放されて70年の節目の年に当たる。解放記念日にあたる1月27日には、記念式典が行われた。

この世の富

この世の富

 

本書「この世の富」の作者であるイレーヌ・ネミロフスキーは、1942年にアウシュビッツ強制収容所で獄中死している。本書は、彼女がアウシュビッツに収容される前の1940年に執筆されたものだ。第一次世界大戦第二次世界大戦というふたつの世界大戦において、兵士として、そして兵士の父として生きたピエールとその妻アグネスの夫婦を軸に、家族の愛と戦争やそれに伴う不穏な時代を背景にして人々の翻弄される姿を描き出す。

ピエールたちは、フランス人として自らの祖国や愛する家族、自分たちが生まれ育った土地を愛し、守るために生きている。彼らが愛する祖国、故郷、家族は、彼らにとってかけがいのない宝物である。本書のタイトル「この世の富」が示す“富”とは、彼らが懸命に守ろうとした場所、守ろうとした家族のことなのだと思う。

本書は、戦争によって翻弄される家族を描く物語ではあるが、戦争そのものを直接的に描いている訳ではない。描かれているのは、ピエールたちの平凡とも言える日常である。彼らは、恋愛問題や家族の問題、仕事の問題といった、誰もが抱えている人生の悩みを当たり前のように抱えてて生きているだけだ。だが、そこに戦争の影がひたひたと覆い被さってくるのだ。

作者であるイレーヌ自身が、ロシア革命によって祖国から亡命し、フランスに安住の地を求めるものの帰化は認められることはなく、ナチスドイツの台頭によるユダヤ人迫害からアウシュビッツに強制収容されて、最後は非業の死を遂げるという、まさに戦争に翻弄された人間であり、祖国という確固としたアイデンティティを得ることがなかった。その人生を鑑みて本書を読めば、彼女が自らのアイデンティティに対する希望を、本書の主人公であるピエールたちに託しているようにも思える。

平和であることが当たり前であると盲目的に信じている私たちは、ピエールたちのように何かを懸命に守ろうという生き方をすることができるだろうか。イレーヌが体験したような、確固たるアイデンティティを持つことのできない不安な状態を想像することができるだろうか。それが、本書を読み終えた率直な感想である。