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いっそ気持ちいいくらいにケチョンケチョン(笑)-坂口安吾「『刺青殺人事件』を評す」

高木彬光は、そのデビュー作である「刺青殺人事件」が推理小説の権威である江戸川乱歩に高く評価され、一躍推理小説界の雄となった。探偵・神津恭介を主人公とする本格推理小説や、検事・霧島三郎、弁護士・百谷泉一郎を主人公とする社会派のミステリーシリーズ、さらに映画化もされた「白昼の死角」などを世に送り出してきた。

そのデビュー作「刺青殺人事件」に関する、無頼派作家として名高い坂口安吾の評論が「『刺青殺人事件』を評す」である。

坂口安吾は、「刺青殺人事件」をどう評価しているのか。それはもうケチョンケチョンなのである。その酷評ぶりは、読んでいて笑っちゃうくらい潔い。

曰く、
「すぐにネタの割れるトリック」
「密室にすることの無意味さ」
「文章が下手くそ」
「警察をバカにしすぎ」

もう、一言も褒めることがない。見事なまでに一刀両断。さらに、「刺青殺人事件」を高く評価し高木彬光のデビューを後押しした江戸川乱歩の見識にも疑問を呈している。

坂口安吾は、そもそも探偵小説作家に対する評価が厳しいようで、本文中でも作家として評価できるのは、日本では横溝正史、海外ではクリスティとクイーンくらいで、それ以外はバカらしくて読む気になれないと切り捨てている。

この評論は、1949年(昭和24年)に書かれたものだ。安吾は、その2年前、1947年に「不連続殺人事件」を書いている。彼自身、推理小説に対する興味はあって、世の中に出回っている数々の推理小説への不満があって執筆に至ったのだろう。そこに、「刺青殺人事件」が登場し、それを読んだ安吾に作品への不満が沸々と湧き上がったのに違いない。

言ってみれば、この評論は新人作家である高木彬光への坂口安吾なりのエールなのである。ただ安直に作品を褒め上げるのではなく、むしろ欠点をトコトン指摘してこき下ろすことで、高木彬光が本物の推理小説作家として成長することを期待したのではないだろうか。

高木彬光坂口安吾の批評を実際に読んだのかは定かではない。でも、その後の高木彬光作品が多くの読者を惹きつけ、江戸川乱歩横溝正史と並んで評される作家となったことを考えれば、安吾の批評が高木彬光の成長に貢献したとも言えるのではないだろうか。

刺青殺人事件 新装版 (光文社文庫)

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刺青殺人事件?新装版? 名探偵・神津恭介1 (光文社文庫)