ガタガタ書評ブログ

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ヤツが帰ってきた!-ティムール・ヴェルメシュ「帰ってきたヒトラー」

第2次世界大戦においてナチス・ドイツを率いてヨーロッパを席巻し、ユダヤ人の大量虐殺などの悲劇的な戦争を突き進んだアドルフ・ヒトラー。そのヒトラーが現代に蘇ったら、という設定で描かれるのが、ティムール・ヴェルメシュ「帰ってきたヒトラー」である。

帰ってきたヒトラー 上

帰ってきたヒトラー 上

 
帰ってきたヒトラー 下

帰ってきたヒトラー 下

 
帰って来たヒトラー上

帰って来たヒトラー上

 
帰って来たヒトラー下

帰って来たヒトラー下

 

1945年4月、連合国軍の侵攻により戦争の終末を悟ったヒトラーは、自ら命を絶った。はずだった。しかし、彼が目を覚ましてみるとそこは21世紀のドイツであった。

そんな突飛な設定で展開する「帰ってきたヒトラー」は、アドルフ・ヒトラーが当時の思想信条のままで現代ドイツに生きていたらどうなるかをユーモアたっぷりに描き出す。ハーケンクロイツの制服に身を包んだヒトラーは、街の誰からもヒトラーだと認識されない。それも当たり前で、ドイツ敗戦からは既に70年近い歳月が経過し、ヒトラーも過去の人物なのだ。なので、蘇ったヒトラーは、ヒトラーではなくヒトラーのそっくりさんとして認識される。

あまりにそっくりな風貌とヒトラーが憑依したかのような(本人なのだが)口調から、テレビ局の目に止まったヒトラーは、「ヒトラーものまね芸人」としてテレビに出演する。そして、ネットにアップされた動画などで大人気となり、一躍テレビスターとして脚光を浴びるようになっていく。

面白いのは、ヒトラーが現代の様々な技術を比較的すんなりと受け入れていくところだ。テレビ、インターネット、スマホなどを、最初は怯むがすぐに受け入れ、それらの技術を有効活用して自らの主張をドイツ国民に訴えかけていく。

ナチス・ドイツを率いて戦争の道を突き進んだヒトラーは、その類まれなる演説の力と圧倒的なカリスマ性で国民の熱狂的な支持を受ける。それが、ヒトラーという「悪」を増長させ、ドイツを不幸に陥れることになったのだが、本書でもヒトラーの圧倒的なカリスマ性を描くことで、特定の力に引きずられる大衆心理の恐ろしさを描き出しているように思う。

テレビスターとなったヒトラーは、テレビ番組に出演して自らの主張を熱く訴えかける。演説の技は折り紙つきのヒトラーの話は、極めて正論である。そして、正論であるがゆえに危うさを孕んでいる。それはかつて、彼が声高に訴えた正論によってユダヤ人が著しく迫害され、ドイツという国家が重い十字架を背負わされたことを思い起こさせる。だが、閉塞した現代ドイツに暮らす人々は、70年の時を経て出現したカリスマを、新たな救世主のように受け入れていく。

「帰ってきたヒトラー」は、ヒトラーを礼賛する小説ではない。本書で描かれるのは、ヒトラーのような強烈なカリスマを求めてしまう社会の恐ろしさだ。そして、かつてのヒトラーと同じように現代の政治家たちも、声高に正論を語ることで、実は間違った方向に国を進ませているのではないかという疑念であり皮肉なのだ。

2014年12月に、日本でも総選挙が行われ、与党が圧倒的な勝利を収めた。本書の中でヒトラーはこう言っている。

「私を選挙で選んだのは国民だ」

ヒトラーは軍事力などによって強権的に政権を奪取した訳ではない。彼も、正しく選挙という民主的手法によって政権党のトップとなったのだ。日本も、正しく政権選択選挙を経て今回の結果を得た。その結果が、国にとって誤った結果であったとしても、選挙という方法で政権を選んだのは国民なのだ。そう考えると、選挙で国の指導者を選ぶということがいかに重要で、いかに緊張感のあることであるかが実感できる。ただ面白いだけでなく、色々と考えさせられる小説だと思う。