ガタガタ書評ブログ

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大丈夫、きっとみんながあなたを支えてくれる-小林凛「冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに」

第1句集「ランドセル俳人の五・七・五」を読んだ時、小林凛という少年の純真な心と、彼を支えるたくさんの愛情を感じられた。そして、それ以上に胸を苦しめたのは、彼に対する学校という場所の残酷さだった。

冬の薔薇 立ち向かうこと 恐れずに

冬の薔薇 立ち向かうこと 恐れずに

 

第2句集「冬の薔薇 立ち向かうこと 恐れずに」で、凛くんは俳句をきっかけにした数多くの出会いを経験する。聖路加国際病院名誉院長である日野原重明先生との出会いは、90歳という年齢差を超えて、互いの生き方や考え方を見つめさせてくれる。二人の間に交わされる往復書簡には、当事者同士だけではなく、我々読者にも心に響き、ストンと腑に落ちる話が含まれているように思う。

三重県松阪市の小野江小学校6年生との出会いも、凛くんにとって大きな出会いだった。「ランドセル俳人の五・七・五」を読んだ生徒たちから凛くんに送られた手紙がきっかけで始まった交流。実際に通っている小学校では、イジメが無くなることがなく、同級生たちとは隔離された部屋でひとり授業を受け、卒業式にも参加しなかった凛くんにとって、小野江小を訪問し、一緒に授業を受け、給食を食べ、遊ぶという、当たり前なはずの出来事が嬉しかったに違いない。

日野原先生や小野江小の子供たち、全国から凛くんに寄せられた応援のメッセージ、他にも小林凛という少年を支えてくれる人たちはたくさんいる。なのに、一番身近にいるはずの同級生やその親たち、教師たちが、凛くんに当たり前に接することができないのだろう。

子供というのは残酷だ。小野江小の子供たちが凛くんに優しく接することができるのは、子供たちが凛くんと日常的に接していないからかもしれない。日常的に接している同級生たちは、凛くんがいかに俳句の才能を有し、広く世間から評価されていても関係ないのだろう。それ以上に、自分たちとは違う異質な存在への好奇心が、イジメという悪意の方向へと進ませてしまうのだろう。本来、子供たちが悪意の方向へ進んでしまうのを抑制し、正しい方向へ導くのが親であり教師のはずだが、凛くんをイジメる子供たちの親や教師が、そういう正しい道筋を示さず、むしろ増長させてしまったことには、情けなさといたたまれなさを感じる。

小学校を卒業した凛くんは、イジメが継続することを避けるために中学受験をして進学を決めた。新しい環境への期待を凛くんは、「革靴の黒光りしておらが春」と詠んでいる。ところが、中学校でも凛くんへのイジメは起きた。それは、小学校時代よりも危険な悪ふざけであったと、母・史さんはあとがきで記している。学校への抗議も受け入れてもらえず、耳を疑うような言葉が学校関係者から返ってきた。

(小学校時代の)この経験から、初期対応の重要性を伝えたくて学校に頼んだが、管理職から返ってきた言葉は、「相手の子はしていないと言っています」だった。そして、唐突に次の言葉が返ってきた。「西村くん、することが遅いので周りの子がイライラしています」
                   --p.138 あとがきにかえて

教育者の発言として、これほど最低な発言があるだろうか。学校というのは、いつからこんな非人間的な教育者が蔓延る場所になってしまったのか。このような下劣な教育者は、きっと自分の学校の生徒に対して、「自分より弱い人間、自分より劣っている人間、障害を持つ人間は、堂々と差別して良い。虐げて良い」と教えているのだろう。そして、そういう差別教育を受けて育った子供たちが成長して、女性差別、人種差別、障がい者差別を繰り返すようになるのだ。

すべての教育者が、このような下劣な人間ではない。日野原先生や小野江小学校の先生たちのように、正しく受け止めてくれる大人たちも大勢いる。この本を読んで、私は他人を差別的な視線で見ていないだろうか、どこかで自分より弱い人を攻撃してしまってはいないだろうかと反省した。