ガタガタ書評ブログ

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火のないところに煙は立たぬ。人の口に戸は立てられぬ。世に醜聞の種は尽きぬ-佐藤亜紀「醜聞の作法」

インターネットの普及に伴って、ネット上で発生した根も葉もない話があっという間に拡散してしまうようになった。ブログ、Twitterなどで個人が匿名で気軽に情報発信できることが、便利である反面、時と場合によっては悪質なデマの発信、拡散につながることがある。

醜聞の作法 (講談社文庫)

醜聞の作法 (講談社文庫)

 
醜聞の作法 (講談社文庫)

醜聞の作法 (講談社文庫)

 

佐藤亜紀醜聞の作法」は、フランス革命直前くらいのパリを舞台に、ある侯爵への誹謗文によって、噂が爆発的に広がっていく様を、当事者同士の書簡と巧妙に作成された誹謗文とによって描いていく。通信手段が限定されていた時代を背景にした中で、口伝えの噂話が拡大していくのだ。

ある侯爵とその夫人に引き取られ美しく成長した養女ジュリー。ある日彼女は侯爵の友人である成金の中年男に見初められる。男に借りのある侯爵はすぐさまジュリーを差し出そうとするが、ジュリーには将来を誓った相手がいた。侯爵はそれを認めようとはせず、中年男との結婚を承諾しない限り許さないとして、ジュリーを尼僧院に閉じ込めてしまう。

ジュリーを愛する侯爵夫人はひとりの青年に依頼し、侯爵と中年男を貶める誹謗文を市中にばらまくことにする。青年は弁護士事務所で酷使されていたルフォンを巻き込み、高額な報酬で誹謗文を作成、市中にばらまくことに成功する。噂はあっという間に広がり、不幸なジュリーに対する同情と傲岸な侯爵に対する非難がパリ中に広がっていく。

しかし、侯爵もただ黙ってそれに甘んじてばかりはいない。あらゆる手管を使って青年とルフォンに迫っていく。ついに身柄を押さえられた二人だったが、ルフォンにはある秘策があった。ルフォンはまんまと侯爵を説得し、新たな誹謗文を作成する。それは、侯爵の名誉を回復し、自尊心を確保するとともに、ジュリーをも幸せにする内容だった。

本書内で飛び交う醜聞は、どこまでが本当の話で、どこまでがルフォンの創作になるのか、次第に判別がつかなくなってくる。基本、ルフォンは侯爵や侯爵夫人、ジュリーとその許嫁、ジュリーに執着する中年男を直接的には知らない。したがって、ルフォンが書いたとされる覚書の内容は創作と考えられる。一方で、ルフォンに仕事を依頼した青年と侯爵夫人との間で取り交わされる書簡は真実である。つまり、侯爵と侯爵夫人、ジュリー、中年男の関係やジュリーが侯爵によって尼僧院に放り込まれていることは事実ということになる。この、創作と事実とはともに折り重なり合うことで、読者は次第に真実と空想の境目を見失っていく。

本書は、現代における過剰なまでの噂の拡大傾向を皮肉った内容となっているのだと思う。いつの時代においても人の噂は、あらゆる手段を用いて広まっていくものであり、まさに「人の口に戸は立てられない」ということである。ツイッターで芸能人のデート目撃情報をつぶやいた人が、次には噂の主人公となって、実名はおろか家族や学校、職場に至るあらゆる個人情報をネット上に晒される時代。本書のように、スマートな風呂敷の畳み方は現実の世界には存在しないわけであり、そういう社会に、そういう時代に生きていることを改めて脅威に思う。