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宮沢りえが演じる主人公・梨花の妖艶な魅力にゾクッと身悶える-角田光代「紙の月」

先日、吉田大八監督作、宮沢りえ主演の映画「紙の月」を観た。平凡だけど幸福なはずの家庭をもつ主婦・梅澤梨花宮沢りえ)が、若い大学生の青年・平林光太(池松壮亮)との関係に溺れ、勤務先の銀行から多額の金を横領する。宮沢りえが、清廉な主婦から若い愛人との関係に溺れ、犯罪に手を染めていく女を演じているのだが、次第に妖艶に、次第に大胆に変化してく様が観ていてゾクゾクさせられた。


『紙の月』絶賛公開中!

原作となるのは角田光代の同名小説「紙の月」である。こういう“堕ちていく女”を書かせると角田光代という作家は本当にうまい。2012年第25回柴田錬三郎賞を受賞している。

紙の月 (ハルキ文庫)

紙の月 (ハルキ文庫)

 
紙の月

紙の月

 

小説「紙の月」のストーリーを簡単に書いておく。

梅澤梨花は、ミッション系の女子校から短大を経てカード会社に就職、やがて知り合った正文と結婚して専業主婦になった。都心からちょっと離れた神奈川に一軒家を構え、料理教室に通うなど主婦としての幸せを感じているように見えたが、正文の些細な言葉の数々にどこか違和感を感じ始める。

梨花は、友人の勧めもあって地元の銀行で働き始める。その働きぶりから顧客にも信頼されるようになり、次第に成績も上がっていく。ある日、顧客の孫だという平林光太と知り合い、関係を結ぶようになる。光太と付き合いだしたことで、梨花は次第に金遣いが荒くなり、顧客から預かった金を着服するようになっていく。それはやがて、計画的な横領へと発展していくのである。

梨花は、横領と犯罪が結びついていない。彼女にとってそれは“一時的にお金を借りている”にすぎないのだ。いつかは返済する。それが、梨花の意識だ。しかし、光太との関係を保つために高級レストランでの食事やホテルのスイートルームの宿泊、さらには月30万円にもなるマンションの家賃など高額の出費を繰り返したことで、横領した金は支払いに消えていってしまう。それでも、横領を止めようとしない梨花は、勤務先の支店に監査が入ることを知る。これですべてが発覚すると悟った彼女は、正文とともにタイに向かい、そのまま、友人に会うと偽ってひとりタイに残る。

なぜ梨花は、横領に手を染めてしまったのか。「紙の月」が描くのは、自らの意志では制御しきれなくなった人間の欲望の姿だ。それも、自然な流れの中で、少しずつ罪の泥沼にはまっていく姿だ。そこには、大きな感情のうねりはなく、むしろ淡々とした調子で梨花の犯罪が描かれていく。だからこそ、彼女の罪の意識の希薄さと彼女が感じていない罪の重さが読者に恐怖としてのしかかってくる。

小説の中では、梨花が転落していく要因として、夫である正文の存在が描かれている。正文は、自分が常に梨花よりも優位であることを無意識のうちに考えている。例えば、ふたりが高級寿司店で食事をする場面で、彼は支払い後に梨花にこう言う。「ごちそうさまは?」。それは、冗談めかしたセリフのように描かれているが、その奥底に、自分が梨花よりも優位な立場にいること、女である妻を見下していることへの優越感がある。そんな正文の自意識とプライドに気づいているからこそ、梨花はそこから逃れるように光太との関係に嵌り、横領で得た大金を光太のために使うことで、自らの自尊心を満足させていくのである。

映画でも、小説同様に正文の梨花に対する「上から目線」は明確には描かれない。パートから契約社員になり給料があがった記念として梨花が買い求めたペアウォッチを、「これはゴルフ用にする」と告げ、後日、上海出張の土産として免税品のカルティエの時計を梨花にプレゼントするところや、上海転勤に際して、梨花に仕事を辞めて一緒についてくるように、さも当たり前のように告げるところなどに、正文の梨花に対する意識が見られる。ただ、その描写が自然でさりげないので、正文が悪い夫に見えない。だから、「正文という夫がありながら、どうして梨花は不倫をし、横領までしてしまうのか」という動機が見えにくい。だが、それこそが「紙の月」の面白さのポイントでなのである。

正文が梨花を格下の存在として見ている。梨花は光太を格下の存在して見ている。この、「自分は上に立つ者なのだ」というプライドと見栄が悲劇を生みだすというのが、「紙の月」という物語の構図になっているのではないか。そう考えると「紙の月」という作品は、より一層怖くなるのである。

本書のコンセプトについて、著者の角田光代が出演したテレビ番組でこのような発言をしていた。

過去にたくさん横領事件のニュースを見た。そのほとんどは、横領した女性が男性の求めに応じる形で犯罪行為に手を染めていた。彼女たちは本当に「貢がされて」いたのだろうかと感じた。もしかすると、自分が「貢ぎたくて」横領をすることがあるのではないか。「紙の月」ではそういう女性側からの一方的な行為を描いてみた。

確かに、梨花に貢がれる存在の光太は、次第に梨花の存在を重く感じるようになっていく。自分より下の存在を支配したいという欲望と、その拠り所をお金に求めていく という発想の弱さ。梨花の欲と弱さが重く心にのしかかってくる。