ガタガタ書評ブログ

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江戸時代に世界一周!?-玉蟲左太夫「仙台藩士幕末世界一周 玉蟲左太夫外遊録」

江戸時代末期、ペリーの黒船来航によりそれまでの鎖国政策をやめて開国した幕府はアメリカとの間に日米和親条約、日米友好通商条約を締結することとなり、その調印のための使節団をアメリカに派遣することとなった。本書は、その使節団に従者として同行することになった仙台藩の武士玉蟲左大夫の筆による「航米日録」を左大夫の子孫にあたる訳者が現代語に翻訳したものである。

仙台藩幕末世界一周 -玉蟲左太夫外遊録-

仙台藩幕末世界一周 -玉蟲左太夫外遊録-

 

日本からアメリカへの航海というと咸臨丸が有名である。左太夫たち使節団は、咸臨丸から数日遅れてアメリカの軍艦に同乗する形で日本を出発した。使節団の航海ルートは、日本を出発後ハワイを経由してサンフランシスコに到着、そこから中米パナマに南下して陸路にて大西洋側に出て北上しワシントンで大統領に謁見し、アメリカ政府との間で条約調印を行った。その後、アメリカを出発した彼らは大西洋を横断してアフリカに至り、喜望峰南端をまわってインド洋に出ると一路ジャカルタを目指す。ジャカルタから香港に寄港し、台湾、琉球を経て日本に戻った。まさに世界一周である。その行程は277日間に及んだ。咸臨丸は知っていても、世界一周を果たした使節団があったことはあまり知られていないのではないだろうか。私も本書を読むまではまったく知らなかった。

記録者である玉蟲左太夫は、帰国後仙台藩の武士として幕末の動乱期に活躍した。倒幕を目指す薩摩、長州には否定的であり、会津藩を支援することに東奔西走したが、結果的には会津藩薩長連合軍に屈服し、日本は明治維新を迎える。左太夫は会津藩に協力したことを罪に問われて捕縛され、切腹を命じられて46歳でこの世を去った。

左太夫が残した世界一周の記録からは、左太夫が当時としては珍しい革新的な思考の持ち主であったことが伺える。言葉はわからないなりにアメリカ人やその他の国の人々と交流を図り、各国の様々な施設や文化に驚嘆し、物価や風俗、環境などの様子を克明に記録している。また、儒教精神を重んじ、礼には厳しいながらも、アメリカ人たちの自由な気風や上下関係にとらわれない情の厚さなどについては素直に驚嘆し、認めている。また、当時欧米列強の支配下に陥っていた清国における支那人たちが欧米人に受けている仕打ちを見て、日本が同じ轍を踏まないようにしなければならないということを実感する。開国には肯定的であるが、その後の外交姿勢についての憂慮を感じていたということだろう。

幕末の動乱期における日本の欧米との関係や当時の日本人の気構え、世界各国の風俗について知ることができる貴重な記録であることは間違いない。