ガタガタ書評ブログ

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十七文字に込められた凛くんの想いが読む者の胸をうつ-小林凛「ランドセル俳人の五・七・五」

「いじめられ行きたし行けぬ春の雨」
表紙に書かれたこの十七文字の俳句にこめられた想いを私たちは正面から受け止め、真剣に考えなければなりません。

ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨--11歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと。
 

「俳句」は、“五・七・五=十七文字”の限られた世界の中で、“詠み人”の感性が表現され、“読み人”の感性を刺激するものだと思います。俳句は、短歌と並んで日本の文学を形成する重要な文化だと思うのです。

「俳句を詠む」というのは、どこか老成した雰囲気を漂わせる印象があります。白髪・白髭の頑固そうな老人が短冊と筆を構えて「うむ」などとうなりながら堅苦しく紡ぎだしているイメージ。でも、小林凛くんは、朝日俳壇に入選するなどの実績を持つ俳人でありながら、まだ12歳の小学生(本書出版時)です。

凛くんは、ただ早熟で天才というのではありません。彼には体重944gという超低体重の未熟児として生まれ、その小さな身体と少し不自由な視覚野というハンデから、入学した小学校で壮絶ないじめを受け、不登校になったという重い現実があるのです。

彼が受けた壮絶ないじめと、彼を救おうとしない学校の無関心さ。彼の母親、祖父母の抱える苦悩。そういったことは、本書を読むすべての読者が一様に憤慨し、涙するポイントだと思います。ですが、本書が読者に求めているのは、そういう事実への反応ではないのではないかと思うのです。

読者には、凛くんの悲惨な境遇を一度すべて忘れて、本書に掲載されている俳句のひとつひとつをじっくりと吟味してほしいと思います。そこには子供らしい純粋な感性とともに、老成したかのような達観性も感じられるはずです。その達観が、彼の境遇からくるものなのか、彼の天賦の才能によるものなのかはわかりません。ただわかるのは、彼の詠んだ俳句が名だたる俳人や論者たちに衝撃と感動を与え、高い評価を得たことに対する共感。凛くんの詠んだ俳句に素直に驚嘆し感動することこそ、本書がわれわれ読者に望んでいることなのではないでしょうか。

凛くんの俳句を純粋に読み、驚嘆し感動する。俳句が生まれてきた背景としての彼の生い立ちや人生を考えるのは、それからのことだと思います。そうすることで、彼がどういう想いでひとつひとつの俳句を詠んだのか、凛くんのお母さん、おじいさん、おばあさんがどんな気持ちで彼を見守ってきたのかをより深く理解することができるのではないかと思うのです。

彼が苦しんでいるときに救いの手も差し伸べようとしなかった学校関係者の振るまいと教育者としてのレベルの低さには、激しい憤りを禁じえません。凛くんは、同級生からいじめを受けただけではなく、学校やクラスを司る教師たちからも冷たく見放されて不登校となったのです。彼を唯一救ってくれたのが俳句であり、俳句に自分の想いを込めることで救われたのです。でも、学校は凛くんの俳句の才能を認めてくれなかったと凛くんのお母さんが書いています。それは、教師たちが子供の個性を尊重せず画一的な価値観のみでしか教育をとらえられないからなのだと思います。

多くの親たちと多くの学校教育関係者が、この本を読み少しでも良い方向に変わってくれたらいいなと思います。本書にはそういう力があると思うのです。