ガタガタ書評ブログ

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命の重さという永遠の命題-葉真中顕「ロスト・ケア」

X県八賀市にある地方裁判所の法廷から物語は始める。40人以上を殺害した連続殺人犯〈彼〉に下される判決。主文を後回しにしたことで、それは極刑であることが明らかとなる。しかし、被告人である〈彼〉も、〈彼〉に母親を殺されたはずの被害者も、〈彼〉の犯罪を暴き起訴した検事も、誰もがそれぞれの複雑な想いを胸に湛えていた。

ロスト・ケア

ロスト・ケア

 
ロスト・ケア

ロスト・ケア

 

日本が少子高齢化社会と騒がれるようになって随分と経つ。高齢者福祉の問題はずっと前から「待ったなし」と言われ続けているはずだが、いまだに有効な対策がうたれているという実感はない。日本人の寿命が伸び続けていることで、80歳、90歳あるいは100歳を超えるお年寄りが介護福祉の問題に直面しながら暮らしている。そして、それはお年寄りを介護する家族にも暗い影を落とす。

本書は日本の介護問題の闇を背景にしたミステリーである。介護保険制度がスタートし、高齢者介護ビジネスによって様々なサービスが提供されるようになっていても、その実態は決して介護される高齢者とその高齢者を抱える家族にとって幸せであるとはいえない。介護の現場で働くヘルパーやケアマネージャは信じられないくらい低賃金で酷使され、次第に介護の仕事から離れてしまう。結局、介護の負担を重くのしかからされるのは家族ということだ。

本書の登場人物は、敬虔なクリスチャンであり罪に対する意識を常に高く持ち続けている検事の大友、彼の高校時代の友人であり介護ビジネスの世界で図太く生き抜けようとしている佐久間、佐久間が働く介護会社フォレストの八賀ケアセンターで働く斯波、そしてシングルマザーで認知症の母親の介護に疲弊する羽田洋子を始めとする家族たち。

そんな彼らに衝撃を与えるのが、〈彼〉の存在である。〈彼〉は、自らが父親の介護により疲弊し、困窮した経験から似た境遇の家族を調査し、介護されている老人を自然死を装って殺害することで、家族を介護の軛から解放するという目的で殺人を繰り返す人物だ。正義を信じる大友のような男から見れば、〈彼〉は許すまじき極悪人である。しかし、事件が発覚し〈彼〉を取り調べる中で大友は〈彼〉が罪を罪として理解しつつ、その罪が正しいことであるという信念によって犯罪が行われてきたことに愕然とする。つまり、〈彼〉は“犯罪”は犯しているが“罪”を犯していないという意識なのだ。

本書には、介護問題という大きな命題が存在するが、それ以上に「なぜ、人を殺してはいけないのか」という究極の命題が全編を貫いている。〈彼〉は家族の介護によってすべてを失うところまで追い詰められた人たちを救うために殺人を犯す。〈彼〉にとっての殺人はある意味で正義だ。しかし、大友からすれば
〈彼〉の行為は悪である。40人以上の人を殺した〈彼〉は当然死刑となる。〈彼〉はそこで大友に言うのだ。「死刑とは合法的な殺人である。法による殺人と自分の行った殺人はどう違うのか」と。

とにかく、いろいろな意味で考えさせられる作品である。