ガタガタ書評ブログ

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東西冷戦時代の宇宙開発狂騒曲-ヴィクトル・ペレーヴィン「宇宙飛行士オモン・ラー」

現代ロシア作家の一人であるヴィクトル・ペレーヴィンによる旧ソビエトを舞台にしたSF中編。

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

 

時は、アメリカとソ連が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた時代。ソ連が世界初の有人宇宙飛行を成功させ、アメリカはアポロ計画で人類を月に送った。アメリカの月着陸成功に触発されたソ連は、月の裏側に人類を送り出すプロジェクトに奔走する。その渦中に巻き込まれたのが本書の主人公であるオモンだ。

少年時代に月に憧れを持ち、政府が喧伝する様々な宇宙開発の成功譚を信じてきたオモンは、宇宙飛行士になって月へ行くことに憧れを抱いてきた。成長したオモンは、飛行士学校に入学し、月へ派遣される飛行士のひとりに任命される。

しかし、政府が公表してきた数々の成功物語はすべて絵空事であった。オモンが見せられた月探査車ルナホートは外見は立派だったが、実態は自転車に張りぼてで装飾し、それらしく見えるように細工された、とんでもない代物だったのだ。オモンの月への思いは一気にしぼんでいく。

しかし、ここで飛行士に任命されることを拒んだ場合、政府から苛烈な罰が与えられることを示唆され、彼は渋々月へ行くことを承諾する。だが、月への派遣は真っ赤な嘘。ロケットは月へなどむかっておらず、地球から飛び立ってすらいなかった。真実を知ったオモンは施設を抜け出し、いずこへと姿を消す。

本書では、ソ連の宇宙開発事業があたかも虚構であったかのように描かれる。もちろん実際には、ガガーリンは宇宙へ飛び立っているし、ソユーズ計画は代表的なソ連の宇宙開発計画として評価されている。

著者が本書で言いたかったことは、旧ソ連時代における様々な情報統制と、民衆を愚弄したかのような政府の在り方である。1989年に旧ソ連が崩壊し、ロシアが成立して以降、それまで抑圧されていた文学者をはじめとする表現者に自由が与えられた。これにより、特に旧政府をあからさまに非難する文学作品も数多く書かれるようになったと思われる。著者は、ある意味新生ロシア時代を代表する作家のひとりなのである。

ペレーヴィン旧ソ連時代の抑圧された作家たち(ハルムスやブルガーコフ等)と比較してみると興味深い。ハルムスやブルガーコフは、政府による言論統制の恐怖をかいくぐるようにして地下に潜り、陽の目を見ることがないかもしれない作品を必死に書き紡いだ。21世紀になって再評価されているが、それも旧ソ連が崩壊し、ロシアが民主化して自由が生まれたからに他ならない。

彼らは抑圧されていたが故に、その作品に巧妙に隠された政府批判、権力批判が激しい力を持つようになった。これに対してペレーヴィンら現代ロシア作家には、最初から表現の自由が存在する。その中でハルムスやブルガーコフに匹敵するようなパワーを有する作品を描き続けることは、容易なことではないはずだ。今の時点では、まだ旧ソ連時代を強烈に風刺、皮肉ることで共感を得やすい部分があるのかもしれないが、さらに時代が進めば安定した平和の中で描かれる物語によって、世界中の興味を集めなければならない。大きな時代の変革を経由し、安定を手に入れた彼らにとって、新しい時代にマッチした作品の執筆は今後重要になってくるだろう。