ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

空に憧れ、空を目指した男の物語-飯嶋和一「始祖鳥記」

かつて、人は大空に憧れていた。
空を自由に飛ぶ鳥を見て、自らも空を飛ぶことを夢見た。
だが、それを実現するのは至難の業であり、それを試みた多くの冒険者の命が失われた。

始祖鳥記 (小学館文庫)

始祖鳥記 (小学館文庫)

 
始祖鳥記 (小学館文庫)

始祖鳥記 (小学館文庫)

 

空に挑んだ冒険者といえば、グライダーのリリエンタール、気球のモンゴルフィエ兄弟、そして動力飛行機のライト兄弟。人間の空の歴史に登場するのは決まって欧米人だ。しかし、わが日本にも空に憧れ、空に挑んだ人物は存在するはずだ。

本書に登場する幸吉は、空を飛ぶことに挑んだ男だ。この幸吉という人物が、歴史上の実在の人物であるか否かは定かではない。著者は、それを充分に意識した上で、幸吉という男の生涯を積み上げていく。

少年期から銀払いの表具師となり、はじめは単なる好奇心から空を飛び始めた幸吉が、やがて同郷の廻船船頭である源太郎や楫取の杢平と出会い、駿河の地に居を構え、再び空に挑もうとする。成長した幸吉は、空を飛ぶことに自分の生き甲斐を見いだしていたことに気づくのである。その成長が実に心に響いてくる。

前半3分の1くらい、幸吉が捕まって所払いの沙汰を受けて郷里の八浜に戻るあたりまでは、物語もさほど大きく動かないため読み進めるのに苦労する。だが、幸吉が福部屋の廻船に乗り込み、巴屋伊兵衛や源太郎、杢平たちと出会ってからストーリーが一気に動き出したところで、実は淡々としているように見えた前半部分が重要なポイントになっていることに気づく。

捕まった幸吉に対して町民たちが喝采を贈ってくることを訝しがる幸吉のように、読者もこの時点ではストーリーが見えない。それが、パァッと開かれるのだ。そして、ラストの飛行シーン。実は、幸吉が空を飛びながら何を見たのかは一切書かれていない。滑空を終え、無事に着陸した幸吉がぽつりと漏らすひと言「何もかも、・・・・とても、この世のものとは思われん」がすべてであり、読者はこの言葉だけで、幸吉が空を飛びながら何を見て、何を感じたのかを推測する。自分が幸吉と同じ視点に立って、同じように空を飛んでいるところを想像し、彼が目にした「この世のものとは思われん」風景を想像してみる。そこに読書の歓びがある。