ガタガタ書評ブログ

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体制に抗い続けた作家の痛烈な皮肉-ダニイル・ハルムス「シャルダムサーカス」

ダニイル・ハルムスは弾圧された作家である。1930年代に多くの作品を書き表したハルムスは、その作風がソビエト共産党当局から危険視され、1941年には逮捕、拘束されたのち、そのまま1942年に死亡した。死因は餓死であるとされている。

シャルダムサーカス

シャルダムサーカス

 

そもそもロシア文学は世界的にみても非常に評価の高い文学である。ドストエフスキートルストイチェーホフなど旧帝政ロシア時代の作家は、今でもロシア古典文学として高い評価と人気を誇っているし、ソ連時代においても、スタニフワフ・レムやブルガーコフソルジェニーツィンなどは広く知られているし、評価されている。

では、なぜハルムスは最近になるまであまり知られてこなかったのだろうか。それは、彼が徹底して貫いた体制批判的な作風にあると推測される。これはブルガーコフも同様であり、彼の作品も深読みすると体制批判すなわちソビエト共産党批判といえるのだが、ハルムスの作品はもっとわかりやすい。

言論統制、監視社会、物資の不足など、理想社会の実現といわれていた共産主義が、実は人間にとって最も重要である自由を奪う体制であったことに真っ先に気づいて異を唱えたのが表現者たちであり、その代表格がハルムスである。

例えば、本書にインクを探し求めて街中をさまよい歩く老婆の話がある。一読するとインク欲しさに市場や出版社とおぼしきビルを訪れては欲しくもない魚や肉を売りつけられようとされ、最後まで目的のインクを入手できない老婆の悪戦苦闘ぶりを描いたユーモア小説なのだが、作者ハルムスが表現の自由を抑圧され、思うような作品を自由に執筆、出版できなかった不自由な表現者であることを意識して読むと、表現者にとって重要な書くという行為に不可欠なインクを入手できないという設定が、当局によって表現を抑圧されていることに対する痛烈な皮肉であり、批判であると読み取ることもできるのではないだろうか。

ハルムスのように批判精神を持ち、あらゆる表現手段を用いて体制に抗い続けた作家やジャーナリストは多い。誰もが自由に表現できる時代に、ハルムスのような不遇の作家の作品を読めることの意味を改めて考えたい。