ガタガタ書評ブログ

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信じることが怒りを生むのか-吉田修一「怒り」

「悪人」で犯罪に手を染めてしまった青年の苦悩を描いた吉田修一が、本書で描くのは、自分が愛した又は信じた相手が犯罪者かもしれないと知った時に、人はその愛情、信頼を保ち続けられるのか。そして、愛すること、信じることに裏切られたときの「怒り」をどうぶつけるのかという葛藤である。 

怒り(上)

怒り(上)

 

  

怒り(下)

怒り(下)

 

 物語は、過去に東京郊外に発生した凄惨な殺人事件から始まる。若い夫婦が惨殺された事件は、数々の遺留品などから山神という男が容疑者として指名手配される。しかし、事件発生から1年、山神の行方は杳としてしれない。警察は、テレビ番組で山神の手配写真を公開するなどして懸命の捜査を続けていた。

並行して描かれるのは3つの物語。外房の港町に暮らす洋平と愛子の父娘と彼らの前に現れた田代という訳ありの男。都内の広告代理店に勤めるゲイの優馬と彼がサウナで拾った直人と名乗る男。母親の奔放な生活で沖縄の離島に転校した泉と彼女が無人島で出会った田中というバックパッカーの男。田代、直人、田中という3人の謎の男の誰が殺人犯山神なのか。読者の興味はまずその点に集約される。
しかし、物語は「誰が殺人犯なのか」という話以上に、彼らと関わる人々の抱える様々な事情に着目していく。そう、彼らは誰もが他人とのかかわり合いにトラウマを抱えているのだ。
田代と関わる洋平と愛子には、愛子の不安定な情緒が深い影を落としている。父である洋平は、愛子を普通の娘として育てたいと思いながらも、普通とは違う娘に少なからず引け目を感じざるを得ない。そんな父娘の前に現れた田代は、父娘にとって愛を捧げ信じられる存在なのか。
優馬には、病気で余命僅かな母がいる。そして、彼自身がゲイであることが、彼にとって少なからぬ影を落としている。優馬の言動からは自らの性癖をカミングアウトし、ゲイ仲間と人生を楽しんでいるような様子だが、どこか無理をしているような印象も受ける。そこに直人という謎の青年の存在が加わったことで、優馬の心境は確実に変化していく。
母親の奔放な男性遍歴がもとで沖縄に夜逃げ同然に引っ越した泉は、島で暮らすことで少しずつ心を解放していくが、米兵によるレイプ未遂事件の犠牲者となったことで、深い傷を負ってしまう。泉に恋する同級生辰哉は自分が彼女を救えなかったことを深く悔む。そんな2人にとって、田中という青年は救いをもたらしてくれるのか。
 
誰もが“人”を信じたいと思っている。でも、信じたいと願う相手には、自分には知りようのない暗い影が見え隠れする。信じたいでも信じ切れないというジレンマ。心のなかにムクムクと浮かんでくる計り知れない疑念が、彼らの気持ちを翻弄する。そして、事件は起こるのだ。
ラストは悲劇的結末を迎える。洋平と愛子と田代、優馬と直人、泉と辰哉と田中。3つのストーリーはそれぞれに結末を迎え、それぞれの次のステージへと進む。次のステージが彼らにとって幸せをもたらすのかはわからないが、それぞれに違う人生があると信じたいと思わせる終わり方だったと思った。