タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

粛清により命を落とした作家の不条理な世界-ダニイル・ハルムス「ハルムスの世界」

旧ソ連で秘かに創作活動を行い、粛清により命を落とした不遇の作家ダニイル・ハルムスゴルバチョフペレストロイカによりソ連が崩壊したことで、陽の目を見ることになった彼の作品とその解説を収録した作品集である。

 

ハルムスは、1905年に生まれた。当時は帝政ロシアの時代である。やがて、レーニンによる革命が勃発し、ロシアは社会主義国ソ連へと変貌する。社会主義の名のもと人民の平等をうたった理想国家としてスタートしたソ連であったが、実際には情報統制や弾圧により、知識階級に属する芸術家や作家、学者などは次々と粛清されていた。特にスターリン時代はすさまじく、一般市民なども含めると数十万から数百万もの犠牲者が出たといわれている。ハルムスも国家から目をつけられた人物のひとりであり、当時比較的自由だった児童文学を書いて糊口をしのいでいたが、それも禁止されるようになり、発表するあてもないままに秘かに作品を書き続けた。そして、1942年に連行されると、そのまま帰らぬ人となった。

 

そのような弾圧を受けながら書かれたハルムスの作品は、不条理な世界観に満ち溢れている。一読すると意味のよくわからない作品が多い。一作一作はいずれも超短編で、登場人物が突然死んだり、それに対して周囲が無関心であったりといった描写が多い。ストーリー性はないに等しく、ただ登場人物が不条理な出来事に見舞われるという話だ。だが、そのような世界は平和な時代だから不条理に見えるだけなのではないか。スターリンによる恐怖政治時代においては、ハルムスの描く世界が現実だったのではないだろうか。ある日突然人がいなくなる。ある日突然人が死ぬ。しかし、誰もそれを気にしない。それが、現実の生活において日常的に繰り広げられていたのが、旧ソ連という国なのではないだろうか。

 

ソ連では発禁とされていたハルムスの作品は、彼の友人の手によりヨーロッパに持ち出され、そこで絶賛された。やがてソ連が崩壊し、自由が取り戻された後にロシアでもハルムスの作品が刊行され、賞賛を持って迎えられた。自由主義が万能であるとは思わないが、少なくとも社会主義に名を借りた独裁は悪であることを改めて認識させられる。

 

ハルムスの世界

ハルムスの世界

  • 作者: ダニイルハルムス,増本浩子,ヴァレリーグレチュコ
  • 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
  • 発売日: 2010/06/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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