ガタガタ書評ブログ

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2020年東京オリンピックにも「オリンピックの身代金」はあるか?

今、東京は2020年のオリンピック開催に向けて様々な準備活動を展開している。新しい国立競技場の建設やその他会場、選手村の建設など、オリンピックにための公共投資、建設ラッシュが今後予定されている。
 
東京オリンピックが開催されるのは2020年が2回めである。前回の東京オリンピックは1964年、今から51年前だ。本書の舞台となっているのは、オリンピックに向けて街づくりが進められていた昭和30年代後半の東京とそこで働く出稼ぎ労働者の苦悩を中心に、オリンピックをターゲットにテロを起こそうとした青年の物語となっている。
 
島崎国男は、出稼ぎ労働に来ていた兄が現場で亡くなった事を知る。なぜ兄は亡くなったのか。その真実を知りたくて国男は飯場で働くことを決める。国男は東大の大学院に通う学士だ。肉体労働は経験したことがない。しかし、現場で働くことで、社会の底辺で働く人々の苦悩を思い知ることになる。そして、そんな社会を作り出しているオリンピックを妨害しようと考える。
 
国男は決して攻撃的な男ではない。オリンピックに悪意を持っているというわけでもない。ただ、労働者階級と富裕者階級との格差をどうにかしなければならないという思想の持ち主だ。マルクス資本論を読み、共産主義に傾倒している感がある。
 
国男はダイナマイトを盗み出し、手製の時限装置を使って爆破事件を起こす。しかし、それは警察によってもみ消されてしまう。オリンピックを目前に控えた中で、オリンピックを狙った爆破事件が発生していることを公にするのは混乱を生じるだけだと判断した警察によって事件は闇に葬られる。国男は2件目、3件目の爆破事件を起こし、脅迫状をおくりつける。警察は、刑事部と公安部が互いに反目しあいながら国男の存在をかぎつけ、徐々に包囲の網を縮めていく。
 
国男が感じている労働者階級の苦悩は、現代にも通じるものがある。派遣労働者の一斉解雇などにより、仕事のない労働者が急増している。使えるときには安い賃金で馬車馬のごとくこき使い、いざとなったらあっさり解雇する。その状況は昔も今も変わらない。
 
2020年のオリンピック開催に向けて、また大規模な工事が行われる。そのときには、昭和39年に人々が経験したような労働者の苦悩がぶり返されるのだろうか。本書を読みながら、そんなことを考えてしまった。

 

オリンピックの身代金(上) (角川文庫)

オリンピックの身代金(上) (角川文庫)

 

 

オリンピックの身代金(下) (角川文庫)

オリンピックの身代金(下) (角川文庫)