タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ハーラン・コーベン/田口俊樹、大谷瑠璃子訳「偽りの銃弾」(小学館)-死んだはずの夫が監視カメラに映っていた。夫の死の真相はどこにあるのか。資産家一族の裏の顔とは?ラストに待ち受ける真実とは?

 

偽りの銃弾 (小学館文庫)

偽りの銃弾 (小学館文庫)

 
偽りの銃弾 (小学館文庫)

偽りの銃弾 (小学館文庫)

 

 

彼の葬儀は、重々しく、そしてどこか不穏な雰囲気の中で行われた。

それは、ジョー・バーケットの葬儀だった。彼は、元陸軍大尉で戦闘ヘリのパイロットだった妻マヤ・スターンの目の前で撃ち殺されたのである。マヤにとって、ジョーは愛すべき夫であり、愛娘リリーの父親だった。と同時に、実業家であり資産家バーケット家の一族に名を連ねる人物だった。資産家であるバーケット家にとって、マヤは異質な存在なのだ。

葬儀を終えて少したったころ、マヤは友人アイリーンのすすめで自宅にカメラ内蔵のデジタルフォトフレームを設置する。それは、ジョーの手配でバーケット家から派遣されているベビーシッターを監視するため。だが、そこに映っていたのは死んだはずのジョーの姿だった。

ハーラン・コーベン「偽りの銃弾」は、夫の殺人事件に至る真相を遺された妻であるマヤ・ストーンが追い求めていくミステリでありサスペンスである。死んだはずの人間が隠しカメラの映像に映り込んでいたのはなぜか。そこに映っていたのは本当にジョーなのか。彼の死は、本当に強盗による突発的な犯行なのか。様々な謎は、マヤの姉クレアの死の謎やジョーの弟アンドルーの死の謎、さらに過去の死亡事故へとつながっていく。

そこにさらに複雑な要素をもたらすのが、秘密情報を告発するサイト〈コーリー・ザ・ホイッスル〉であり、マヤ自身がそのサイトに掲載されたある動画によって軍人としての経歴を絶たれた過去があった。その告発サイトの代表者であるコーリー・ルジンスキとクレアが接触していたことがわかる。

次々と明らかになっていく事件の真相。マヤの胸に強く深く刻まれていく思い。バーケット家という大資産家一族に蠢くドロドロとした人間関係。そのすべてがひとつの真実に結集したときに起きる悲劇。本書は、ジェットコースターというほどに物語のアップダウンがあるわけではないが、登場人物のひとりひとりにしっかりとした背景があって、人間ドラマとしての一面が面白い小説である。

ラストに待ち受けるマヤの決断とそこから引き起こされる出来事は、ミステリらしく謎めいていて残酷である。だが、ラストの出来事を経た先にある物語には、それまでの物語を中和し、読者をホッとさせる展開がある。私は、そのラストの先にある物語に救われた思いがした。

東野圭吾「ラプラスの魔女」(角川書店)-それは偶然なのか、それとも奇跡なのか。不可解な死の真相にあるものとは。

 

ラプラスの魔女 (角川文庫)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

 

 

「数学者のラプラスは御存じですか。フルネームはピエール・シモン・ラプラス。フランス人です」桐宮玲が青江に訊いてきた。
ラプラス? いや、聞いたことがないな」
「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態がどうなるかを完全に予知できる--」(以下略)

東野圭吾ラプラスの魔女」は、ある意味で、とてもアンフェアなミステリだと思う。

本書で書かれる事件のトリックは、荒唐無稽でありえないように思える。しかし、東野圭吾は強引とも感じられる力技で読者に納得感を与えてしまう。多少なりとも専門的な知識があれば疑問を感じるだろうし、非現実的であると断言するだろうが、私のように理系の知識に乏しい人間からすれば、「現実にありえるのかも?」と感じてしまう。まんまと著者の思惑に乗せられてしまう。

本書は、遠く離れたふたつの温泉で起きた2件の死亡事故の謎を解くミステリ小説である。被害者の死因はいずれも硫化水素による中毒死だ。この死亡事故(結果的には殺人事件なのだが)を中心に、過去と現在がある特異な事象とともに絡まり合って大きなストーリーを展開していく。

物語のキーパーソンは大きく4人いる。地球化学を研究する大学教授の青江修介。開明大学の研究所に住む謎めいた少女羽原円華。かつて円華と同じく開明大学の研究所に暮らし失踪した少年甘粕謙人。そして、謙人の父であり映画監督の甘粕才生。

彼らは、それぞれに関連し、それぞれに思惑を有し、大きな対立を生み出している。究極の理想を追求するあまりに家族を犠牲にした父と、彼への復讐を誓う少年。少年の思惑を察知し彼を止めるために動く少女。その中に巻き込まれるように存在する研究者。

甘粕親子の関係性と異常性、甘粕謙人と羽原円華が身につけている超人的な能力、そうした特異な世界観の中で唯一の凡人が青江であり、彼の存在がわれわれ読者の立ち位置である。青江は、自分が見聞きしたことのすべてに驚愕し、不信感をもち、研究者としての好奇心によって事件に深く入り込んでいく。それはまさに、読者が経験することである。

正直、物語としては面白く(そこはさすがに東野圭吾だと感じた)、読み始めると止められなくなるのだが、読み終わってみるとモヤモヤしたものが残る。それは、なんとなく納得しているように感じるのだけれど、完全には理解しきれないトリック(謙人と円華の能力)のためなのかもしれない。

 

ラプラスの魔女 DVD 豪華版(3枚組)

ラプラスの魔女 DVD 豪華版(3枚組)

 

 

堀部篤史「90年代のこと 僕の修業時代」(夏葉社)-インターネットもSNSもなかった時代を振り返りつつ今を生きる。

 

90年代のこと―僕の修業時代

90年代のこと―僕の修業時代

 

 

インターネットが普及し、誰もがスマートフォンを片手に“インスタ映え”を狙って料理や風景や自分自身を写真に撮っては不特定多数の人たちと共有し、名前も知らないどこに暮らしているかもわからない人から“いいね”と言われる時代。2018年末の世界は、常に誰かとつながっている時代だ。

TwitterInstagramに投稿して誰かの反応を待っている。“いいね”がつかないと落胆しコメントの内容に一喜一憂する。エゴサーチをしては、誰かが自分のことをどこかで語っているのを必死に探す。フォロワーの数が増えた減ったと騒ぐ。

私もこうして、自分が読んだ本の感想を拙い文章として綴りネットに公開しては、誰かが反応してくれるのを待っている。“いいね”と押してもらえば喜ぶし反応が薄ければ落胆する。

でも、1990年代にはそんなことを気にする人はほとんどいなかった。

「90年代のこと 僕の修業時代」は、堀部篤史さんが高校生、大学生時代を過ごした90年代について記したエッセイであるともに、過剰につながりを求める現在とのギャップを記した評論としても読める。

堀部さんは、京都で『誠光社』という本屋さんを営んでいる。元は同じ京都にある『恵文社一乗寺店』の書店員であり、独立して誠光社をはじめられた。

堀部さんの書店員としての源流となっているのが、90年代に経験した様々な音楽や映画、テレビそして本である。そして、それらを共有してきた“顔の見える”仲間たちとの交流である。だから本書のサブタイトルが『僕の修業時代』なのだ。

90年代には、まだインターネットは普及していなかった。SNSも存在していなかった。

堀部さんにとって90年代とはどのような時代だったのか。本書ではまずそのことを「バック・トゥ・ザ・パラレルワールド」と題するプロローグとして記している。フリーペーパーを作ったり音楽イベントを企画したり、それらは近しい仲間内で共有される自意識の発露でしかなく、趣味のあう友人との関係性をより深く濃くしていくことだった。

やがて時が過ぎ、社会との接点が不特定の広い範囲に拡散するようになる。次第に違和感が広がっていく。それは、堀部さんと同じようにインターネットもSNSもない時代を経験してきた同世代人に共通する感覚かもしれない。

私は堀部さんよりも年上だが、本書で堀部さんが書いているような、いろいろなレコードやCDからカセットテープに自分で好きな音楽を編集しオリジナルテープを作ったり、テレビ番組をみて翌日に学校で友人とその話題でもりあがったりといった経験をしてきた。おそらく、いま30代半ば過ぎの世代の人は、みんな同じような経験をしていて、本書に書かれているようなことにもほとんど共感するのではないだろうか。

やはり、インターネットとSNSの普及は時代も文化も大きく変えたのだと改めて実感する。

しかし、変わってしまった時代や文化を以前の状態に戻すことはできない。

スマートフォンも、SNSも、アマゾンも、Googleも、一度手にしてしまった以上、それらを手放すことなど懐古趣味にほかならない。自分だけが立ち止まろうとも、それらが存在する世界を変えることはできないのだ。

インターネット普及前の時代を生き、「あの頃はよかった」とつぶやくことはできても、結局のところ私もインターネットやSNSの恩恵を享受している。出会うこともなかった方々と知り合えたり、知ることのなかった店や商品に触れることができるのもインターネットやSNSのおかげだ。

堀部さんは、誠光社を作ることで『本屋というオールドスクールな商売』を続けている。インターネット普及前後の変化を知る私たちにできることはなにか。本書を読みながら自分にはなにができるか考えてみようかと思った。

 

ジョゼフ・チャプスキ/岩津航訳「収容所のプルースト」(共和国)-捕虜として収監された収容所で記憶のみで行われた講義。読んでいるうちに無性にプルーストが読みたくなる。

 

収容所のプルースト (境界の文学)

収容所のプルースト (境界の文学)

 

 

マルセル・プルースト失われた時を求めて」に、私はちょっとしたトラウマがある。

子どもの頃から本が好きで、中学に入ると自分のお小遣いで文庫本を買って読むようになった。はじめて買った文庫本は、星新一「マイ国家」だった。そこから星新一ショートショートを読み、次に推理小説にハマった。少しずつ長い小説を読むようになった。

とにかく次に読む本を探していた。あるとき、たしか「ダ・カーポ」という雑誌だったと思うが、『世界の大長編小説を読む』的な特集が掲載されていた。その特集で「チボー家の人々」「ダルタニアン物語」と並んで紹介されていたのが、マルセル・プルースト失われた時を求めて」だった。

なぜ読みたいと思ったのか、今となっては全然覚えていないのだけれど、とにかく図書館に行って「失われた時を求めて」を予約した。そして、第一巻から読み始めたのだが……。

まったくわからなかった。半分も読めずに挫折した。全巻読むつもりで図書館に予約を入れていたが、すべてキャンセルした。しばらく図書館から足が遠のいた。

「収容所のプルースト」は、著者であるチャプスキがグリャーゾヴェツのソ連収容所で同房者に向けて行ったプルーストに関する講義の記録である。ポーランド人であるチャプスキは、ソ連侵攻により捕虜となり収容所へ収監された。

収監されたとき、チャプスキは何も持っていなかったし、収容所には図書室もなかった。驚くべきことに、チャプスキによるプルースト講義は、彼の記憶のみで行われたのである。

なんら資料もなく、チャプスキの記憶のみでテクストが作られ、講義は行われた。しかし、本書を読むと、本当に記憶だけでこの内容の講義ができたのか、とにわかには信じ難く感じる。それほどに、講義の内容は詳細であり、また、チャプスキの語りの魅力もあって、とても惹きつけられる。

プルーストの人生観やその生き方のこと。「失われた時を求めて」の執筆に関するエピソード。作品の解題。チャプスキの語るプルースト像、作品にまつわる数々のエピソードを読んでいくうちに、「『失われた時を求めて』を読みたい」という気持ちがむくむくと沸き上がってくる。

全体で200ページにも満たない本書の中で、チャプスキの講義の部分は、1944年に書かれたチャプスキによる序文と講義ノートの図版ページを含めても80ページほどしかない。それだけしかないのに、それだけで面白いのである。

本書は、『はじめての海外文学vol.4』で翻訳家の三辺律子さんが推薦している作品だ。最初、推薦リストに本書をみつけたときに「難しそう」と思ってしまったのは事実だ。

でも、実際に読んでみて、この本を『はじめての海外文学』として推薦した理由がわかった。本書は、プルーストを読むための『ガイドブック』なのだ。いきなりプルーストを読み始めるのはハードルが高い。それは、私自身も若き日の苦い思い出として残っている。だが、本書でチャプスキの講義を読んでみると、「失われた時を求めて」がとてつもなく面白い本だと思えてくる(実際に面白いだろう)。プルーストの作品に手を伸ばしてみたくなる。

なるほど、これは『はじめての海外文学』にふさわしい作品である。

 

失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 (光文社古典新訳文庫)

 
失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉 (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉 (光文社古典新訳文庫)

 
失われた時を求めて〈3〉第二篇・花咲く乙女たちのかげに〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
 
失われた時を求めて6 (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて6 (光文社古典新訳文庫)

 

 

ビルギット・ヴァイエ/山口侑紀訳「マッド・ジャーマンズ ドイツ移民物語」(花伝社)-送り出した側の責任なのか、受け入れた側の責任なのか。結局翻弄されるのは個人だ。

 

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

 

 

ビルギット・ヴァイエ「マッドジャーマンズ ドイツ移民物語」は、そのタイトルが示すようにドイツに移民してきた人たちの物語だ。

著者のビルギット・ヴァイエは、ミュンヘンに生まれウガンダケニアで幼少期を過ごした。

本書の冒頭は、著者自身のエピソードからはじまる。子どもの頃にウガンダの地へ降り立ったときに感じた不思議な感覚。そして、40年が経ってモザンビークを訪れたときに感じた懐かしさ。彼女にとってアフリカは、不思議な感覚とともに落ち着ける場所だった。

著者は、ひとりの女性と出会う。彼女は昔、東ドイツにいたことがあるという。東ドイツには、およそ2万人のモザンビーク人が住んでいたことがあり、彼らは安い賃金で嫌な仕事に従事させられていた。著者は、『マッドジャーマンズ』と自称する人々に話を聞き、その後も取材を続ける。そして、この物語が生まれた。

本書には3人のモザンビーク人が登場する。ジョゼ・アントニオ・ムガンデ、バジリオ・フェルナンド・マトラ、アナベラ・ムバンゼ・ライ。彼らは、ポルトガルから独立し社会主義国家となったモザンビークと、安い労働力を求めて社会主義国家との連携を進めていた東ドイツとの協約にもとづいて、東ドイツへ渡った。ドイツへ行けばきっと良いことがあるはずと信じていたのだろう。

ジョゼ、バジリオ、アナベラの人生は、それぞれに異なる。それは、彼ら個人としての人生であるとともに、著者が取材した多くの『マッドジャーマンズ』たちの人生の凝縮した姿でもある。

ジョゼのように、慣れない外国の地で働き、本を読んだり映画をみたりすることを楽しみとして頑張っていた青年がいる。

バジリオのように、陽気に遊び歩き、ドイツの女たちと遊び、仕事は適当にサボって気楽そうに生きる男もいる。

アナベラのように、つらい境遇から抜け出そうとドイツに渡り、いろいろなことと闘いながら自らの夢を掴み取った女性もいる。

彼らは、常に差別と偏見にさらされた。ドイツでは、黒人であることで様々な偏見や差別を受け、モザンビークでは、ドイツ帰りであることで羨望と嫉妬が入り混じった複雑な偏見にさらされた。黒人であることも、ドイツ帰りであることも、何もかも彼らの責任ではないのに。

彼らが働いて稼いだ給料からは、60%が天引きされてモザンビーク政府に送金されていたという。その金は、彼らが帰国したらもらえる『積立金』のはずだった。しかし、実際に帰国してみると送金した金は煙のように消えていて、モザンビーク政府も統一後のドイツ政府も一切対応してくれなかった。責任をとろうとしなかった。

「人手が足りないから安い労働力を外国から賄おう」という発想は、なんとも傲慢な発想だと改めて感じる。

外国人を受け入れて一緒に働いてもらおう、私たちの国で一緒に生活してもらおう。そう考えて、外国人が自分たちと同じように暮らせる場所を作ってあげられるのなら、それは良いことだと思う。

だが、外国人に働いてもらう、暮らしてもらうためには、受け入れる私たちの側にも責任があることを忘れてはいけないと思う。差別や偏見で彼らを見るようなことは絶対にあってはならない。

キム・チュイ/山出裕子訳「小川」(彩流社)-ベトナム系カナダ人の著者が描く自らの記憶。短い文章を散りばめた記憶の断片のひとつひとつが私たちに伝えるもの

小川

小川

 

 

この作品の原題Ruとは、フランス語で「小川」を意味し、比喩的に「(涙、血、金銭などの)流れ」を意味する。また、ベトナム語では「子守唄」あるいは「揺籠」を意味する。

キム・チュイ「小川」の冒頭には、本書のタイトルが持つ意味が記されている。それは、まさに著者が記す数々の『記憶の断片』によって本書が記されていることも意味している。

巻末のプロフィールによれば、キム・チュイは1968年にベトナムサイゴン(現在のホーチミン市)に生まれ、10歳でカナダに移住している。キム・チュイが生まれた時代は、ベトナム戦争の真っ只中であり、彼女や彼女の家族も否応なく戦争の災禍に巻き込まれる。

物語は、彼女がこの世に産声をあげた日にはじまる。赤子の元気な泣き声。新年を祝う爆竹の音。そして、機関銃の音が響き、空を戦闘機やロケット弾が飛び交う。たった6行で書かれた描写の中に祝福と混沌が混じり合い、ベトナムの日常と非日常がせめぎ合う。

「小川」の構成は、短くて断片的なエピソードの積み重ねでできている。長くても2ページに満たない、短いものなら数行で記される物語の断片は、時系列とは関係なく、著者の記憶として呼び起こされるままに散文的に配置されている。

大枠としては、ベトナム戦争のさなかに生まれた少女が、必死にボートピープルとしてベトナムを脱出してカナダに移住し、そこで言葉の壁や人種の壁、差別にさらされながら生きていくストーリーになっている。つらい経験もあれば、家族との思い出、カナダで出会った人々の温かさもその人生のストーリーには存在する。そのエピソードが、ポツリポツリと書かれている。

断片的に記されたエピソードは、まるで『小川』の流れに翻弄される木の葉のように、流れの中を行きつ戻りつし、ときに立ち止まり、ときに勢いよく流される。その木の葉が著者自身であり、彼女の人生の流れが小川の流れなのであろう。

小川はやがて大きな川となる。大きな川はいつしか大河となり、やがて大海原へとつながる。

幼少期にベトナム戦争に翻弄され、カナダに移住して安息を求め、やがて自らも母となって彼女なりの幸福を手にする。キム・チュイの人生は、小川から大河へ、そして大海原へと穏やかに移り変わる川の流れだ。そのすべてが、この短い作品にすべて描かれていると感じた。

 

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エリナー・ファージョン文、エドワード・アーディゾーニ絵/阿部公子、茨木啓子訳「マローンおばさん」(こぐま社)-人、孤独なれど心温かき。人、貧しけれど心優しき。

ひとりの老婆が暮らしている。
老婆は、森のそばでひとり貧しく暮らしている。
誰も老婆を気にかけたりしない。
話す相手もいない孤独な暮らし。

孤独なれど、貧しけれど、老婆の心は温かく、なにより優しさに満ち溢れている。

月曜日には、弱ったスズメに優しさを与える。
火曜日には、痩せこけたネコに温もりを与える。
水曜日には、悲しそうに鳴くキツネの親子に愛を与える。
木曜日には、傷を負ったロバに癒やしを与える。
そして、金曜日には、山からおりてきたクマを受け入れる。

老婆は、動物たちにこう言う。

「あんたの居場所くらい、ここにはあるよ」

孤独なれど、貧しけれど、マーロンおばさんは常に与え続けている。自分の分を減らしても、動物たちと食事を分かち合い、居場所をつくってあげる。

まわりの誰からも気にかけられず、孤独で貧しい暮らしから救われることのなかったマローンおばさんは、それでも慈悲の心を失わず、他者への愛を与え続けている。無償の愛を与え続けている。

居場所を与え続け、愛を与え続けた老婆の人生はやがておわりを迎える。

「あなたの居場所が、ここにはありますよ。マローンおばさん」